第25話 月夜に踊れ

「あまりカーター兄さんを甘く見ないことね」


 ロープでぐるぐる巻きになったエミリーが言う。涙の跡は乾いていた。


「何も手荒なことをしようってんじゃない。話せば分かるかもしれないしな」


「私を縛り上げて、よく言うわ」


 ガーランドは自分の右頬の傷に手を触れた。気の強い女は嫌いではない。

 もう少し育てば、さぞや良い女になるだろう。


 しかし、このどう見ても平民の少女が、そこまで重要な人物なのだろうか?


 暴れるので縛り上げたが、ガーランドは納得がいかない。

 だが、今はどうでも良い。

 ガーランドの任務ではないからだ。担当の者が考えれば良い。


「そうだ、お客さんを引き渡すようにカーター君を説得してくれないか?」


 マイクを彼女の口に近づける。


「兄さん! 出てきちゃ駄目! こんなやつの言うこと聞かないで! 早く逃げて!」


 マイクのスイッチを切る。素直に説得してくれるとは思わなかったが、やはり無駄だった。

 部下コリンが心配そうに言う。


「出てくるでしょうか、隊長」


「まあ、出てこないだろうな。生き埋めになったのに死なないような連中だ。あれは予想外だったがな。じつに運が良い。よっぽど引き篭もるのが好きなんだろうさ」


「森で彼らが出てきた時は、驚きました」


「やはり『奴ら』か」


 ガーランドは、最初から廃鉱の存在を把握していた。いざとなれば廃鉱に逃げ込むであろうこと、廃鉱がフルメントムに通じていることも、全て聞かされている。


「恐らくは。すぐに退却しましたからね」


「戦車はすぐに見つかったがな。代わりにトラックが見つからん」


「戦車を捨てて、トラックに乗り換えた……?」


「だろうな。そう考えるのが自然だ。慌てて橋を落としたが、トラックなら無意味だったかもしれん。スピードがまるで違う」


 今回は、念のため三台もの戦車を用意している。欠陥品のタイプⅠではなく、対策済みのタイプⅡだ。

 前回と同じ手は食わない。


「どうせ説得は無意味だ。何かしら企んでいる可能性が高い。警戒を怠るな」


「はっ!」


 ガーランドは腕を組むと、口端を歪める。顔の右側が引きつった。

 もう一度無意識に指で傷跡を撫でた。


「さあて……今度はどんな手を使ってくる?」


 魔法攻撃と銃撃を組み合わせて戦車を撃破するような相手だ。油断はできない。

 いたずらに平民を下に見て、尻を叩くだけの無能な貴族ではないということだ。


 そんな柔軟な考え方ができる相手が、今度はどんな奇策を使ってくるか……不謹慎だと自覚しながらも、胸が踊った。


「お見送りイイイイイイィィィィィ!! ご苦労さアアアアアアアん!!!!」


 辺りに響く、野太く力強い男の声。

 大きな音を立てて礼拝堂の扉が開く。出てきたのは身長二メートル近い屈強な大男。


 砲声、いや銃声が響き、ほぼ同時に戦車が一台爆発した。


「バカな……! 対戦車ライフルだと……?」


 屈強な男が、巨大な対戦車ライフルを抱えて歩いてくるのが炎に照らされて見えた。

 ボルトを操作し、排莢する音が大きく響く。

 それだけではない。


 教会の屋根の上から幾つもの炎の玉が飛んで来た。強力な火属性魔法だ。俗にファイアボールと呼ばれる。

 周りの兵士が何人も火達磨になり、転げ回っていた。


 ガーランドが見上げると、屋根の上に立つ人影。月光を背負って長い髪が風に揺れているさまは、有名画家の絵画を思わせる。あの女だ。


「クソッ、撃て! まずは屋根だ! 教会の屋根を狙え!」


 対戦車ライフルを持った奴は厄介だが、魔法使いと戦う場合、魔法使いから優先して倒すのが常道だ。


 戦力の分散は愚策。どちらかを集中的に攻撃するのだ。

 カーランドも呪文の詠唱を開始した。無詠唱での魔法陣召喚は、精度に欠ける。


 しかし。


「ヒャッハーーーーーーッ!!!! 燃えろ燃えろ燃えろーーーーーーッ!!!!」


 大男は叫ぶと、再び発砲。戦車がもう一台爆発した。

 対戦車ライフルを立ったまま、腰だめで撃った。

 しかもそれで命中させたとは、化け物じみた馬鹿力だ。


 常識的には二脚を立てて伏せ撃ちか、土嚢に載せて反動を軽減しなければ、まともに撃つことは出来ないはずである。


 ガーランドは逡巡した。


 ――どうする……!? 男を先に倒すか?


 いや、やはり女だ。

 ライフル男を相手にしている間に後ろから火だるまにされてしまう。


 ガーランドは屋根の女に向かって火球を放つ。

 判断そのものは間違っていなかったようだが、逡巡が命取りになった。


 女は腰のサーベルを目にも留まらぬ早さで抜くと、ガーランドの火球を真っ二つに切り裂いた。

 両断された火の球はそれぞれ明後日の方向へ飛んでいく。


「魔法を斬った……だと?」


 剣の素材によるが、理屈の上では不可能ではない。

 だが、実際に目にするのは初めてだし、実戦でやろうとする者も居ないだろう。……あの女を除いては。


 女は魔法を撃ち続けながら屋根を走り出した。銃撃が続くが、味方の弾は当たっていない。

 女の後を追いかけるように、次々と順番に窓ガラスが砕け、屋根や壁に無数の穴が開いていく。


「あ、熱いし!」


「アッー!」


 その間にも次々と兵士が火達磨になっていった。あれだけの威力の火属性魔法ファイアボールを連射するとは、非常識も良い所だ。並の魔法使いではあり得ない。


 ようやく残った戦車の主砲が火を噴く。タイプⅡ戦車は平地での戦闘を想定しているため、高所への砲撃にはあまり向かない。

 屋根の尖塔がはじけ飛んだ。

 だが、女には当たらない。

 思った以上に脚が速い!


「まだまだ改良の余地ありだな!」


 戦車は塹壕戦用に開発され、歩兵の支援が目的だ。速度が早い相手への精密射撃は得意ではない。


 女は屋根の端まで来ると、ツバメが飛び立つように跳躍した。

 亜麻色の髪が炎と月光に照らされて、流れるような光を放つ。

 空中で身を捻りながら更に魔法攻撃を放ってきた。目が合う。

 こちらを狙っている!


 ガーランドは危うく地面を転がって回避した。銃よりも弾速が遅いのが魔法の欠点だ。追尾もあるが、いくつも同時に操作できる訳ではない。

 よくよく注意すれば、回避も不可能ではないのだ。ガーランドの後ろの地面が爆ぜた。


「――!」


 一瞬、悪寒が走る。

 礼拝堂の開け放った扉の奥、祭壇にもう一人、男がいるのが視界に入った。

 膝立ちになって小銃を構えている姿が、ステンドグラス越しの月光に照らされている。


 銃声が響き、発火炎が男の顔を照らした。あの腐った目は見覚えがある。


「ぐっ!」


 撃たれた。左の脇腹だ。身体に力が入らない。 


「ビン……セント……!」


 奴も生きていたらしい。ただの平民と思って、油断していた。

 女は囮で、魔法を避けるためにガーランドが人質から距離を取る、その一瞬の隙を辛抱強く待っていたということだ。


 まさか奴が本命だったとは。

 ライフル男の叫び声が響く。


「花・火・大・会・だアアアアアアアァアアアアア!!!!」


 視界の隅で、最後の戦車が爆発するのが見えた。


 出血がひどい。身体からどんどんと熱が逃げていく。


「全員、……退却しろッ! 本隊に報告! い……急げ!」


 それだけ言うのがやっとだ。敵の戦力を完全に見誤った。


 せめてあのライフル男だけでも倒したい。

 最後の力を振り絞って火属性魔法ファイアボールを放った。


「――!!」


 ライフル男の前に青い光が輝き、火弾は男の数十センチ手前の空中で止まり、一瞬燃え盛った後、かき消えた。


 防御魔法シールドだ。

 使える者は多くないが、絶大な威力を持つ。

 貫くには、それこそ対戦車ライフルが必要だ。


 ライフル男は顎を擦る。セクシーなポーズのつもりらしい。


「んん~、残念だったなァ……魔法は貴族おまえらの専売特許じゃないんだぜ。もっとも……そんなチャチな魔法で、俺の防御魔法と筋肉を貫けたかどうかはわからんがな? サァ……」

 

 奇妙な色気のある声だった。

 ライフル男は大きく息を吸い込んだ。


「オ゛・レ゛・どッ! 愛゛・じ・あ゛・エ゛エエェエエエーーーーーーッッ!!!!」


 手を触れること無く、筋肉の膨張だけでタンクトップが弾け飛ぶ。


 上半身裸になったライフル男は、大胸筋と腹筋を強調するポーズを取った。『モスト・マスキュラー』と呼ばれるポーズだ。

 炎の灯りで歯が光る。うざい。

 

 エミリーの声だけが耳に届く。


「だから言ったじゃない。カーター兄さんを甘く見るな、って」


 ――もう許して欲しい。こんなのはもう、たくさんだ。戦争反対! 暴力反対! 世界を救うのは愛だ。すなわち、筋肉は愛。


「キレ……てる……、……ブ……ラ……ボー……」


 どうにか言葉を捻り出し、ガーランドの意識は途絶えた。


「オ゛オオォォウ、イ゛エ゛ェェエスッ! ……アイ・ラーヴュ」


 カーターの雄叫びも、もはやガーランドの耳には届かない。

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