第24話 大いなる遺産

 カーターが、教会の食堂を熊のようにウロウロと歩き回っている。


「…………遅い」


 エミリーが帰らない。


 陽はとうに落ち、宵闇が辺りを包む。


 今日は風がない。農業地帯であるフルメントムで音といえば虫やカエルの声だけだ。

 他の子供たち……エドガー、グレン、サム、ローラも不安を隠さない。

『ノース・シー』の閉店時刻は、とうに過ぎている。


「おれ、探してくる!」


 男の子の年長、エドガーが立ち上がる。しかし、カーターがその肩を掴んだ。


「待ちな、俺が行く」


「でも……」


 エドガーは悔しそうに俯いた。その拳は震えている。


「カーター」


 今まで黙っていたイザベラは立ち上がった。


「私が行ってこよう。お前まで不在では、子供たちが不安がる」


「待ってください。夜道に女性一人では危険です。俺が――」


 ビンセントだ。彼の言うことはもっともだ。

 しかし、イザベラは自分で行きたかった。

 最後にエミリーと会ったのはイザベラだ。あんな話をした後では、嫌な予感が胸をよぎる。


「私が心配か? だが、お前は……」


 首元を指差すと、ビンセントは唇を噛んだ。


 もっとも、『奴隷の首輪』はただのブラフで、実際に首が絞まる事はない。

 裏切るような男ではないと思うが、今後のことを考えると騙したままにしておきたかった。

 サラがここに居る以上、ビンセントに行かせるわけには行かない。


「ビンセント。サラ様を頼むぞ」


 街灯もない田舎道を走る。

 馬でも居ればよいのだが、あいにく教会にはそんな余裕は無かった。馬の維持費はそうそう安いものではない。


 程なくして商店街の灯りが見えてくる。

 商店の類はすでに閉店し、数店の酒場が開いているだけ、そのはずだった。

 商店街のすべての店が開いていた。田舎ではありえない光景だ。

 ざわざわと声がする。イザベラは電柱の影に隠れた。

 違和感の正体はすぐにわかった。


「戦車だと……?」


 戦車が三台。エイプル軍制式のタイプⅡ戦車だ。

 周りには小銃を構えた随伴歩兵。エイプル軍の制服を着ている。

 彼らは銃を構え、商店街の住人たちを集めていた。

 

 その中に特徴的な制服の女性を見つけた。エミリーだ。


「市民に銃を向けるとは……!」


 イザベラは、飛び出したい衝動に駆られた。

 しかし、ぐっと堪える。

 自分一人で戦車と戦って勝てる見込みはない。


 仮にビンセントが一緒だったとしても、もう徹甲弾は無いし、そもそもタイプⅡ戦車は装甲板が改良され、森でタイプⅠに使った戦法は通用しない。

 そもそも一台相手にしている間にほかの戦車に撃たれるだろう。


 イザベラは防御魔法を使えないし、それを補うマジックアイテムも置いて来た。

 あるいは歩兵だけなら何とかなるかもしれないが、それよりも先にビンセント達に知らせるべきだろう。


 サラならば何か良い作戦を思いつくかもしれない。

 主君とはいえ小学生に戦いの指揮を取らせることに思うところがないではないが、今は他に適当な者はいない。


 イザベラとて王立学院の首席ではあるが、ほとんど運で取った成績だし、そもそも教科書通りの戦術はもはや時代遅れだ。戦車が出てくるような現代戦には通用しない。

 イザベラは自分の実戦経験の不足を嘆いた。


「おい! 何をしている!」


 兵士が叫ぶ。見つかったようだ。

 イザベラは踵を返し、道路脇の麦畑に飛び込んだ。

 麦をかき分けながら走る。直進してはいけない。ジグザグに走り、射線をずらす。


 イザベラは、脚にそれなりの自信があった。

 ビンセントの視線が頻繁に脚に向く……という意味ではなく、並みの男よりもずっと速いつもりだ。

 最後に記録を取った時、イザベラよりも良いタイムを出したのは一人だけだ。それも男子。

 彼は全属性魔法を使いこなす天才で、身体強化魔法まで使えたが、それを使わずしてイザベラを上回った。


 しかし、それも整備されたトラックで直進しての事。畑の柔らかい土の上ではそうは行かない。

 背後で銃声が響く。

 当たりはしなかったが、近くの麦の穂がはじけ飛んだ。

 それでもイザベラは足を止めない。


「サラ様……!」


 ◆ ◆ ◆


「何でだ! 何でエミリーまで! 市民を守るのが軍人の仕事だろうが!」


 カーターが壁を叩く。板壁にヒビが入った。

 サラを探すのが目的なら、住民を捕らえる意味がない。つまり、人質という事だろう。

 サラは椅子にかけ、脚をプラプラさせていた。


「……町から出る他の道も封鎖されているだろうなー。困ったなー」


 しばし沈黙。

 ビンセントは銃の点検を終え、弾を装填する。

 徹甲弾はもう無い。通常弾だけで対戦車戦闘は厳しいが、やるしかない。


「…………」


 だが、こうも思う。たとえ死ぬにせよ、上官のイライラのはけ口で死ぬのに比べれば、天と地ほどの差がある。


「待たせたな」


 イザベラが着替えから戻った。息を切らし、汗だくで帰ってきたのは五分ほど前の事である。

 洗濯済みの騎士団の制服。目立つし、近衛騎士であることを堂々と宣伝するのもどうかと思ったが、理由があった。


「魔力を織り込んだ絹糸で織られていてな。拳銃弾くらいなら距離や角度次第で防ぐことができるし、魔法攻撃も軽減できるのだ」


「なんですかそれ、羨ましい」


 かたや、ビンセントの服はその他大勢、いくらでもいる兵隊の服である。防弾機能などもちろん無く、多少丈夫なだけの量産品だ。

 マジックアイテムは量産が極めて難しく、所有者は貴族か一部の富豪に限られていた。

 それを制服に採用する近衛騎士団は、紛うこと無いお貴族様の集まりである。


 フルメントムは決して大きな町ではない。町を封鎖し、一軒一軒家探しすれば、いつかは必ず見つかるだろう。

 やはり反乱軍はサラの生存を知っていたのだ。見通しが甘かった。

 しかし、サラを渡すわけにはいかない。


 カーターが立ち上がった。その握り拳は怒りに震え、その目に宿る炎は怒り。


「来てくれ。見せたいものがる」


 ◇ ◇ ◇


 教会の地下室。普段あまり使わないものがごちゃごちゃと置いてある。

 カーターは棚の上から長さ二メートルほどの、埃をかぶった大きな木箱を取り出した。

 置くとズシンと音がして、埃がもうもうと舞う。

 カーターは放り投げるように蓋を開けた。


 二脚とピストルグリップの付いた、巨大なライフル銃が姿を現す。


「これは……『対戦車ライフル』! なんで教会にこんな物が……」


 対戦車ライフルは、歩兵の力で戦車に対抗するために配備が進む新兵器だが、まだ数が少ない。

 これがあればリーチェでもう少しましな戦い方が出来ただろう。


「親父サマの遺産ってやつさ! 前に話したことあっただろ? でも、ちょっと違うんだぜ」


 カーターの父親は元々は貴族だったらしい。

 細かいことはわからないが、何やら他の偉い貴族と揉めたとかでお家取り潰しとなり、財産没収の上、身一つでフルメントムに流されたという。

 そしてここで農家をやっていたカーターの母と出会い、二人は結婚、カーターが産まれた。

 つまり、カーターは貴族の血筋なのだ。


 真面目な農夫となった父はカーターが子供の頃、大嵐の日に用水路の様子を見に行って亡くなった。

 母は女手一つで幼いカーターを育てたが、元々身体が弱く、無理がたたって程なく病死した。

 祖父母はすでに亡く、農地は税金未払いで差し押さえとなり、天涯孤独となったカーターは教会に引き取られた。


 この銃はカーターの父が、かつてお家取り潰しになった際、揉めた相手の貴族に報復するために用意したものだという。

 しかし幸運にも、後にカーターの母親となる女性との出会いで復讐の意欲は失せ、以来教会の地下で眠っていたのだ。

 イザベラが興味深そうに覗き込む。



「……すごい銃だな」


「さすが近衛騎士様だ、わかります?」


 カーターが不敵に笑う。


「これは『対魔ライフル』ってヤツらしいっすよ! 別にどっちでも良いんですがね!」


「私も現物を見るのは初だな」


 カーターの説明によると、『対魔ライフル』は魔法使いの防御魔法を撃ち抜くために、ライフル型の歩兵銃を単純に拡大して作られたものだという。

 その性質上、一般市民には存在が秘匿されていた。


 現在『対戦車ライフル』と呼ばれるものは、その設計を流用したもので、対戦車戦闘を目的としている。

 実際、名前だけが違うのだ。カーターの言う通り、どちらでも良い。


 その威力は凄まじく、ライフル弾にすら耐える最強ランクの防御魔法をたやすく撃ち抜くほど。


 しかし、あまりの威力ゆえに反動が大きく、肩を痛める事が多い。

 曰く、『二発しか撃てない銃』。

 一発目で右肩を壊し、二発目で左肩を壊す、という意味だ。

 なお、実際に弾倉に入るのは一発だけの単発銃である。口径は一三・二ミリ。


 近年は同盟国と弾丸を融通し合う関係からか、一二・七ミリ弾を使用する改良型が増えている。

 それはそれで補給に混乱をきたす原因になるので、どちらが良いかは一概には言えないのだが。


 カーターが静かに言う。


「万が一……万が一のためだ。使わないなら、それに越したことはねぇ」


 ◇ ◇ ◇


 しかし、その言葉は数分後には裏切られる。


「ボールドウィンさん。お宅に滞在中の客人を迎えに参りました。即座に引き渡しをお願いします。エミリーさんも、その事をお望みです」


 スピーカーで増幅された声が響く。この声には聞き覚えがある。


「……ガーランド!」


「またあいつかー。しつこいなー」


 ビンセントの上官にして、森でサラたちを襲った男だ。

 サラは呆れ顔だ。イザベラが立ち上がる。


「サラ様。子供たちを連れて来ます。地下室から決して出ないでください!」

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