第23話 王都物語
「あっ、サラ!」
商店街の出口近く。サラを呼び止めたのは教会の男の子。
「おー、グレンかー」
グレンと呼ばれた男の子は、もじもじしながらサラを遊びに誘った。
近くに児童公園があり、ブランコや滑り台等の遊具があるのだ。
「行きたーい。いいだろー、イザベラー」
サラがイザベラの袖を引っ張る。
内心、ビンセントはサラがよく人の名前を覚える事に感心していた。とても真似できそうにない。
少し考えた後、イザベラは頷いた。
「そうですね……少しくらいは良いでしょう」
すぐに教会に戻ると言うと思ったが、意外だ。
公園では教会の他の子供たちも遊んでいた。
サラも混じって走り回る。
ビンセントとイザベラは、ベンチに腰を下ろした。
元気に遊び回る子供たちの姿を見ながら、イザベラが言った。
「なあ、ビンセント。今のサラ様を見てどう思う?」
「元気そうで何よりです」
どう思うと言われても、そうとしか思わない。ロリコンではない。
何となくだが見えるものもある。ビンセントは続ける。
「グレンはサラさんが気になるようですね。よくわかりますよ」
「ん、そうなのか……。まあ、お前にはあまり関係無い話だが……」
イザベラは、王宮でのサラの暮らしを語った。
宮中行事。社交界との付き合い。家庭教師による授業。厳しいマナー教育。外出は必ず護衛付き……。
おとぎ話に出てくるお姫様の暮らしそのものだが、息苦しさもあるだろう。
「ああして、同年代の子供たちと遊ぶ事は、きっとサラ様にとって良い経験となるだろう」
ビンセントはなるほどと頷く。
そしてふと気付く。
「イザベラさんはどうなんです?」
「私?」
「イザベラさんだって、偉いお貴族サマのご令嬢でしょうに。伯爵でしたか? 似たような苦労があったのでは?」
イザベラは足元に群れるハトに目を落とす。
「そうだな……」
少し間を置いて、ビンセントに微笑みかける。
「付き合いで仕方なく食事をした殿方が、まるでマナーがなっていなくて、私の方が恥をかいたこともある。……サラ様の付き添いだったから、やむを得ない相手だったのだがな」
イザベラは悪戯っぽく笑う。社交界にも色々気苦労があるのだろう。
その殿方が羨ましくないといえば嘘になるが、住む世界が違うのは如何ともしがたい。
「はぁ、大変ですね」
ビンセントがそう言うと、イザベラは腹を抱えて笑いだした。
「ふふふ……面白いやつだ、お前は!」
何か面白いことでもあっただろうか。
日が傾き、空が赤く染まりだした。
「ビンセント。私はこれから駅に行って時刻表を確認してくる。お前はサラ様を連れて、先に教会に戻っていてくれ」
「わかりました」
エドガー。グレン。サム。ローラ。
四人を連れ立ってビンセントは公園を後にした。
◆ ◆ ◆
当面の目標が定まった。
ククメリス川の橋が爆破されたとはいえ、反乱軍も移動しなければならないので、鉄道橋は残っている可能性がある。リスクはあるが、確認する価値はあった。
イザベラは一人駅へ向かう。列車の時刻表が印刷されて配布されていれば便利なのだが、無ければメモを取らなければならない。定時運航は期待できないだろうが……。
「駅は……こっちか」
鉄道。これもまたジョージ王が関わっている。鉱山などで使われる軌道を町と町の間に敷設し、蒸気機関車で貨車や客車を牽引する。
この画期的なシステムは、かつては夢物語でしかなかったものの、ジョージ王が蒸気機関の原型を提案したことで急速に実用化に漕ぎ着けた。
人や物の移動に革命が起きたのだ。
現在ではあらゆる国で運行されているが、それが悲劇の遠因にもなった。
エイプル王国に限らず、中央大陸の殆どの国は徴兵制だ。兵士たちは、普段は地元でそれぞれの職業に就いている。有事の際、必要に応じて軍務に就くのだ。
今回の大陸戦争では、各国の軍が鉄道ダイヤを元にがんじがらめの動員計画を練っていた。そのため、僅かな狂いが全体に影響する。
部分的な動員と総動員を途中で切り替えることが出来ないのだ。
戦いは数だ。各国は有利な状況で戦うため、迷わず総動員を選択した。
局所的な小競り合いかと思われた戦争は、参加各国が総動員体制を敷く総力戦へと発展してしまったのだ。
駅には人だかりが出来ている。
改札は鎖で封鎖されていた。
群衆に詰め寄られ、駅員はたじたじだ。飛び交う怒号。平謝りする駅員もいれば、居丈高に振る舞う駅員もいる。それでも言っていいる事は同じだ。
「当面、全面運休となります! ご了承ください!」
「復旧の見込みは未定です!」
「だから運休だと言っているだろう! 衛兵に突き出すぞ!」
壁には大きな文字で運休の旨が張り出されている。
このタイミングでの全面運休は不自然だ。
やはり反乱軍が橋を破壊したのだろうか。あるいは、反乱軍に利用されるのを恐れて政府軍が鉄橋を破壊したのだろうか。
反乱軍に鉄道が完全に掌握されているなら最悪だ。
いずれにせよ、鉄道を使っての移動は封じられた。
そうなると、駅は見張られている恐れがある。長居は無用だ。
イザベラは踵を返す。
「イザベラさん……?」
そこにいたのはエミリーだ。買い物籠の中には食材が詰まっている。店で使う食材の買い出しだろうか。
「どうしたんだ? エミリー。駅に何か用か?」
エミリーはバツが悪そうに頭を掻いた。
「あの……イザベラさん」
◇ ◇ ◇
先ほどの公園。イザベラは、ベンチにエミリーと並んで腰かけていた。
エミリーの話は、決して軽いものではない。
「……そうか。フルメントムを出たいか……」
エミリーは、こくりと頷いた。視線は足元に向かい、小石を爪先で弄んでいる。
「イザベラさんは、王都の人なんですよね? 都会の暮らしって、どうなんですか?」
イザベラの実家は王都郊外の屋敷で、かつては馬車で王立学院まで通っていたのだが、研修に入って以降は城内の詰め所で寝泊まりしていた。
地元を出た経験はない。
せいぜい別荘か、カスタネにある学院の保養所までの移動くらいだ。
友人が隣国のアリクアムに留学中だが、もう一年も会っていない。彼女なら何か参考になる意見が言えるかもしれないが、イザベラには無理だ。
「そうだな……ここと変わらないな」
「そんなはずは……!」
「どこでどんな仕事をしても、結局ただの作業には変わらない」
言ってから、脳裏にビンセントの腐ったような眼が浮かんだ。意識せずとも、彼の受け売りになってしまった。
「私より、ビンセントに相談したほうが良いかもしれない。あいつは……」
そこまで言って、イザベラは言葉を切った。ビンセントの故郷を知らなかったのだ。
「何も知らないんだな、私は……」
「えっ?」
「……なんでもない」
イザベラは、以前から気になっていた点を確認したかった。良い機会だ。
「ところでカーターだが……」
夕焼けが町を赤く染める。
イザベラの問いにエミリーは信じられないような目を向けた。
「いいえ。いいえ! 違います! そんなはずはありません! 私はずっと兄さんを見ていたんです!」
「ずっと見ていた?」
エミリーは頬を紅潮させた。
「とにかく違うんです!」
「そうか、もしやと思ったが、違うようなら忘れてくれ。気を悪くさせたな。すまなかった」
商店街へ歩いて行くエミリーが見えなくなると、イザベラは一人毒づいた。
「ふん、つまらん。……しょせん奴も普通の人間だったか」
瞳に邪悪な光が宿った。
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