第14話 地底旅行 その二
転がっていた木切れと消毒用のアルコールで、即席の松明を作る。
「この揺れる炎が手がかりです。必ず出口があるはず……」
揺れる炎を頼りに出口を探す事になる。
必ず、というのは語弊がある。しかし、天然の洞窟とは違い、人工的に掘られた坑道だ。可能性は高い。
出口がなければ干からびるか、あるいはどうにかして入り口を掘り起こす事になるが、それでは出口で捕まってしまうだろう。
サラの暗殺が目的なら、さすがに遺体の確認はするはずだ。
そうなればサラとイザベラはともかく、生かしておいてもなんの意味もないビンセントは確実に殺される。
いずれにせよ、出口を探すほかに選択肢はない。
イザベラを先頭に進んでいく。その足取りは確かだ。
ビンセントは、ふと素朴な疑問が浮かんだ。
「元々何を掘っていたのでしょう?」
「わかんないなー。ニコラスならわかるかもなー」
「そういえば総理はどうなったんです?」
ニコラス・ケラー。エイプル王国の総理大臣であり、サラの摂政である。
彼はジョージ王の腹心で、王の立身出世も彼なしではあり得なかったとされる。
かつて、身元の知れないジョージの才能を見出し、惜しみない援助を与え、ついには王座にまで登らせた立役者。
王の死後はサラを実の娘同様に育てた人格者、というのが世間の評価だ。
「無事だと思うよー」
「何故そう思うんです? 首相官邸も襲撃されていたのでしょう?」
首相官邸はエイプル城の敷地内の一角にある。今回のクーデターで無事だったとは思えない。
「わたしを生き埋めにしたということは、わたし無しで国を乗っ取れるって事だろー。摂政だぞー。王様代理なんだぞー」
「なるほど、傀儡政権になるか、新しい首相を立てるか、といったところですか」
「あるいは大統領制に移行するかもなー?」
それは、王国の終焉を意味する。
しかし、ビンセントにはあまり関係がない。税金の納め先が変わるだけだ。
サラは飄々としているが、深刻に考えても今この場ではどうしようもないのは確かだ。
時に黙り、時に話し、休み、食事をしつつ一行は進む。
「鉱山といえばトロッコだろー? 悪者に追われてー、トロッコに乗ってー、でもってブレーキが壊れてー」
「銃で撃ってポイントを切り替えるんですね」
いかにビンセントが歴戦の勇士とはいえ、そんな芸当はできない。
十分な照明があればあるいは可能かもしれないが、それでも出来て数回、一回の失敗でひっくり返るのにそんな事は不可能だ。
それでも途中にトロッコがあったので試しに押してみたが、車輪が固着して全く動かなかった。
「お前もあの映画観たのかー、お約束だよなー」
「現実には嫌ですよ、そんなの……」
不思議とイザベラが話に加わらない。あまり映画に興味がないのだろうか。
「イザベラ様は映画は……」
「ふん。映画も演劇も、男女の色恋話ばかりだ。私はそんなものに興味はない。騎士としての使命を全うするには邪魔だからな」
「さすが騎士様です」
「黙れ下郎」
しばらく進むと、比較的平らな空間があった。
「少し休みましょう」
ビンセントは背嚢を開ける。
「サラ様のお口に合うか、わかりませんが」
食事はソーセージの缶詰とビスケットだ。
「いい加減、様はいいよー。堅いやつだなー」
「はぁ。しかし」
「今後、様付けでと呼んだらギュー、だぞー」
「ええと……サラさん」
「よーし。わたし缶詰好きだよー。たまに食べると美味いんだよなー。これも父様が開発に関わったんだぞー」
王族の食事としてはどうかと思ったが、杞憂だったようだ。
しかし缶詰にまでジョージ王が関わっていたとは初耳だった。
缶詰は軍隊向けに濃い味付けになっている。『こんなものが食えるか!』という反応を予想していたので、少々肩透かしだ。
「おいしー」
こうして見ると、年相応の子供にしか見えない。もちゃもちゃと缶詰を食べている。
ビンセントは、故郷の妹を思い出した。
「サラさん、今更ですが、傷の治療ありがとうございます。……ところで、さっきはわざわざ俺が起きるのを待たなくても、勝手に食事を取っていれば良かったのではないですか?」
「ああー、それはイザベラがなー」
「んんーっ!!」
不意にイザベラがビンセントの手から水筒を奪い取る。
胸を叩きながら一気に飲むと、大きく息を吐いた。
「す、すまんな。ビスケットが喉につかえて……」
軍人たる者、食事は素早く、というのはやはり体に悪い気がする。
「いえ……」
水筒を返してもらおうと、イザベラに手を差し出した手をサラが跳ね除けた。
「ブルースー。イザベラが口を付けた水筒をペロペロするのは許さんぞー」
どうしてこの人は、すぐそういう方向に話が行くのだろうか?
思わず苦笑いしてしまう。
そして、ふと気付くのだ。
自分が最後に人と笑いながら食事をしたのは、いつだったろうか……?
故郷で待つ家族……両親と妹は無事だろうか。
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