第13話 地底旅行 その一

 一切の光が射さない、完全な闇。

 イザベラは小さな魔法陣を呼び出すと、指先に小さな灯りを灯した。


 火属性魔法の応用だ。使い方によっては照明にもなる。ただし、魔力効率は良くない。

 入り口は埋まっているが、ほんのわずかに炎が揺れている。どこかに出口があるかもしれない。


 しかし、まずはサラの安全を確認するのが最優先である。


「ご無事ですか、サラ様」


「おー」


 サラは立ち上がると肩に積もった埃を払いだした。

 イザベラも手伝おうとするが、例の兵士が後ろから突き飛ばしたせいで、左手を擦りむいてしまった。

 サラの服に血が付かないよう、右手だけで払う。


「いきなり撃ってくるとは、とんでもないやつだなー」


 ぷんぷんと音が聞こえてきそうだ。

 鉄帽に隠れ、表情は見えないが、どうやら怪我は無さそうだ。


 イザベラは安堵した。相手にしてみれば撃つのが当然なのに、マイペースな人だ。

 こんな状況下であっても、サラは変わらない。

 ぼーっとした雰囲気を纏いながらも聡明なサラにはいつも驚かされた。


「おかげでブルースが瀕死ではないかー」


「えっ?」


 足元では、自分を突き飛ばした兵士が頭部を血溜まりに沈めながら、うつ伏せに倒れていた。


「あっ……」


 落盤で頭を打ったようだった。イザベラは自分の左手を見る。


 ――また庇われた?


 左肩からも血が流している。撃たれたようだが、この兵士は何も言わなかった。


「回復魔法をかけるぞー」


 サラは手を伸ばし、呪文の詠唱を始めた。山吹色の魔法陣が手のひらの先に浮かび上がる。


「あまり無茶はなさらないでください。お身体にさわります」


 王家の血筋の者が回復魔法を使えるということは、エイプル王国の民なら誰でも知っている。しかし、魔法の細かい所は知られていない。意図的に隠蔽されていたからだ。


 ほぼ万能と言っても過言ではない回復魔法だが、じつは術者の身体に掛かる負荷が大きい。特に成長期の子供にとっては、はっきり有害と言って良い。


 多用すれば死ぬこともある。加えて自分自身を回復させる事はできないのだ。

 やり方によっては可能らしいが、現在のサラにそれはできない。極めて高度な魔力制御が求められるという。


 サラの母であるマリア女王は、難病を抱えて産まれてきた生後間もないサラに回復魔法を何度も重ねて使い、命を落とした。それほどの重病だったのだ。


 この事は王家に関わる僅かな者しか知らない国家機密であり、一般には病死と発表された。


 王家以外の権力者は、自分が重病や重傷を負った場合でも、王族に頼めば助けてもらえる。王家の専売特許といえる回復魔法が王国の支配権を担保しているのだ。それゆえ、大国もおいそれと手出しができなかった。


 サラはふん、と鼻を鳴らした。


「だったら放っておけというのかー? お前まで私を子供扱いするんだなー」


「そんなことは……」


 イザベラの知る限り、平民に対して回復魔法が使われた例はない。……後に王となるジョージを除いては。


「兵士がいくら死んでも統計の数字でしかないってかー?」


 どきりとした。

 そんな筈はない、と思いつつも、心のどこかにそんな気持ち……平民を見下す気持ちが無かったとは言えない。

 イザベラの父は伯爵であり、イザベラも魔法を使い、平民を指揮する立場だ。平民は貴族に仕え、貴族は王家に仕える。それが正しい姿だと、長年教育を受けてきた。


「ち、違います……! 私はただ……ただサラ様を……」


 サラを守る。これはイザベラたちの共通の目的だ。

 この兵士にとっては強制されていささか不本意だったかもしれないが。


「黙ってろー。そもそもブルースが突き飛ばさなかったらお前がこうなってたんだぞー」


 兵士の肩と頭部を覆っていた光が消えていく。


「……これでよーし。ふうー、たぶん、死にはしないと思うよー」


 サラは額の汗を拭うと、少しふらついた。肩に手を添えて支える。


「こいつ昨夜も胸にトンネル開けてたからなー。疲れるやつだよなー」


「困った奴です。サラ様のお手を煩わせるとは」


 イザベラは溜息をつく。


「でもなー。お前だけじゃ、わたしを守りきれないだろー?」


「いざとなれば、『奴隷の首輪』をちらつかせて協力させれば良いのです」


 これ以上サラに回復魔法を使わせる訳にはいかない。

 例えこの兵士が犠牲になったとしても、サラが無事であればエイプル王国はやり直しが効く。


「はははー。わたしがそんな魔法に頼ると思っているのかー?」


「えっ?」


 サラはいたずらっぽく微笑んだ。


「わたしは女王様になるんだぞー、エイプル王国で一番偉いんだー。平民だろうと伯爵の娘だろうと、わたしの家来にはちがいないもんねー」


「つまり、『奴隷の首輪』はブラフ……ですか!」


 サラは頷いた。

 認識票が外れないという事は、『迷子札』の魔法だろうか。


「でもなー。こいつが居なかったら、今頃お前も私も、脂ぎったおっさんに無理矢理エッチなことされた上に、ギロチンの上さらし首だったんだぞー。お前なんか『くっ、殺せ!』とか言っておきながら、結局最終的にアヘ顔ダブルピースだぞー」


 アヘ顔ダブルピースとは、サラがイザベラに下賜した文献にあった記述である。

 ジョージ王がお抱え絵師に描かせたという挿絵が印象的だった。現在では類似の書籍が市中に溢れている。


 考えないようにしてはいたが、当然予想される展開だ。

 生き埋めとどちらがマシかといえば、議論があるだろうが。


「……だから、少しくらいこいつの心配もしてやれよー」


 意識はいずれ戻るだろう。


「もっとも……男同士の恋愛ものたくさん読んでるお前には難しい例えだったかなー?」


 イザベラははっきり狼狽した。


「ち、違うのです! あれは友達が勝手に置いて行って……! 私は知らなかったのです!」


 良い話と思えば、どうしてこの人はいつもこうなのか。


「そんなのどうでもいいから手伝えー。ブルースをもう少し奥へ運ぶぞー」


「本当なんです! 信じてください!」


 イザベラは、兵士にもう一つ借りを数えることになった。

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