第12話 リコール
ビンセントはポケットから徹甲弾を取り出した。
弾頭の黒い五発の小銃弾がクリップで纏められている。
「よく見てらっしゃいますね……」
サラは、にっこりと微笑む。
「さすがだろー」
徹甲弾。堅く比重が重いタングステンで出来ている。本来は精密狙撃用の弾だが、比較的薄い装甲板なら貫通できる。しかし、穴だけ開けても内部の乗員を殺傷しなければ、あまり意味はない。
「これを使ってなー、――」
サラの作戦は思いもよらないものだった。
実現の可能性はどれだけあるのか。しかし、他に手はない。
作戦を聞くと、ビンセントはサラに自分の鉄帽を被せた。
「重いよー」
「我慢してください」
サイズが合わずグラグラで、目まで隠れてしまう。
これで多少の落石などは大丈夫だ。
しかし、小銃弾などが当たれば貫通してしまうので、なるべく庇いながら戦わなければならない。
「さすがサラ様、鉄帽さえも可憐な着こなしです」
この状況で冗談を言えるとは、さすがに貴族のエリートである。まるで本気で言っているようにしか聞こえない。
時計の針は刻々と進む。相手の指定する時間まで待つ必要はない。
「タイミングが大事だよー。イザベラー、ブルースー、狙う場所わかってるなー。」
イザベラが右手を真っ直ぐ正面に伸ばし、呪文を詠唱する。手のひらの前に直径三十センチほどの幾何学模様をした魔法陣が空中に浮かび上がった。真っ赤な光を放っている。
「距離的にギリギリです。上手く当てられるかどうか」
火属性魔法の有効射程は、術者によるが平均百メートルほど。
距離に比例して威力は減衰し、疲労により魔力が減れば威力も下がっていく。
マスケット銃に代わるライフル銃の登場によって、魔法の黄金時代は過ぎたかに思われたが、銃と違い発射後に誘導が可能な点は銃の追随を許さない。
イザベラの魔法陣の先に生まれたのは、握り拳ほどの小さな炎。数は七個。同時発動はかなり高度な魔術制御を要求されるらしい。
「でかい的だぞー? それに当てなきゃ殺されちゃうよー」
戦車そのものは巨大だが、狙う場所は狭い。
サラが入り口の板を蹴る。視界が開けた。
同時に火の球が戦車の後方下部に向かった。一定の間隔を置いて連発。発射タイミングをサラが指示している。
戦車は堪えた様子がないが、全て命中した。暫くの間、炎が揺れ続ける。
最後の一発が命中するのを確認すると、ビンセントは徹甲弾を撃ち込む。狙いは炎の命中した所だ。
まずは一発。
外れて戦車の手前の地面が小さく爆ぜる。こんな距離で外れた。ビンセントは特別に射撃が得意という訳ではないが、たかが百メートルやそこらで外すのは意外だ。
……弾だ。通常弾と弾道特性が少し違う。
慌てるな。めげずにもう一発。
今度は当たった。小気味よい音が響く。
イザベラは次の準備に入っている。先ほどとは魔法陣の模様が少しだけ異なる。
三発目を撃つ頃には敵の反撃が始まった。歩兵のサブマシンガンが火を吹き、戦車に据え付けられた副武装の機関銃も撃ってくる。
坑道を塞ぐ残った板にいくつかの風穴が空いた。
戦車砲がこちらに狙いをつけている。
「――!」
戦車の傍らに立つガーランド分隊長と目が合う。ガーランドは不敵な笑みを浮かべた。まるで全てを見透かしているようだ。
こうしている間にも、耳の横を空気を切り裂く音が幾度も鳴る。当たらないように祈るしか無い。
――四発目。命中。
「――ッ!」
激痛が走る。左肩に一発食らったようだ。跳弾だろうか? まだ動ける。
構わずにどうにか五発目を撃つ。命中。
「イザベラー」
「はッ!」
イザベラが放った火球は今までよりも大きい、直径三十センチほどの大きさだ。放物線を描くように火球が尾を引いて飛んで行く。
通常であれば戦車にダメージを与えられる威力ではない。しかし……
最初は小さな炎だったが、やがて戦車は紙のように燃え上がり、最後には大爆発を起こした。
「やったか!?」
イザベラの拳に力が入る。
信じられない。
だが、現実に目の前で起こっている出来事だ。
「初期型のタイプⅠだがら何とかなったんだぞー。タイプⅡ以降でなくて良かったなー」
タイプⅠ戦車はエイプルが最初に開発した戦車だ。
サラの話によると、側面の装甲は厚さ八ミリ程度、小銃弾や手榴弾に対抗する程度のものでしかない。
その装甲に使われる鉄板は『特定の温度域』で脆くなる性質があった。高くても低くても駄目だ。
そこを狙ってその『特定の温度域』まで熱し、車体後方にある燃料タンクに徹甲弾を撃ちこむ。
ひび割れたタンクから漏れ出したのは引火性の高いガソリンだ。そこに止めの
結果、爆発、炎上した。銃だけでも、魔法だけでも倒せない相手だった。
燃えにくい軽油を燃料としたエンジンも研究中だが、実用化には程遠い。
「こんな戦法があったとは、驚きです!」
イザベラも驚いている。
「戦法ー? 欠陥を突いただけだよー。タイプⅡは改善されてるから効かないよー。鋼板の材質変わってるからなー」
とはいえ、どうにか戦車は潰した。
「これで引いてくれれば……」
ビンセントは途中で言葉を呑んだ。
森の奥からもう一台、戦車が向かってくる。
「あれは……」
厄介なことに、問題のタイプⅡだ。
今の戦法は通じない。徹甲弾ももうない。
それどころか肩を撃たれている。普通に撃つことすら難しい。
敵陣がざわめく。敵にとっても思わぬ援軍らしい。
今度は警告無しに発砲してきた。
地響きが鳴り、天井から石が落ちてくる。
「穴を埋める気だなー」
「サラ様! 奥へ! お前も来い!」
三人で奥へ逃げる。
崩落する岩盤、立ちこめる粉塵。
入口から入る光が細くなっていく。外の光が最後に照らしたのは、イザベラの頭部へ向かって落ちる人頭大の岩。
「!!」
塹壕で一緒に雑誌を眺めた男の顔が脳裏をよぎる。
無意識にビンセントの手が伸びた。
砲撃が止むころ、坑道の入り口は瓦礫で完全に埋まっていた。
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