第10話 王都燃ゆ

 その日の未明。第三連隊の一部が蜂起し、エイプル城に攻撃を開始した。


 エイプル陸軍が誇る列車砲は、リーチェ戦線から修理のために引き上げられていたが、密かに修理を完了し、本来守るべき城に火を吹いた。


 五百年の歴史を持つ城は、たった一発の砲弾で瓦礫と化したのである。

 城を警護する近衛騎士団は、全員が確かな家柄の魔法に長けた貴族が集められていた。

 しかし、基本的には儀仗兵であり、本格的な戦闘を目的とした部隊ではない。


 ようはお飾りだ。


 イザベラも新年度からの配属が予定されており、研修中の身であった。


 王城と王家を守護する為に存在している近衛騎士団の士気は高く、数でも装備でも反乱軍に圧倒的に劣るものの、戦線は一時膠着した。


 反乱軍は新兵器の戦車を投入。

 近衛騎士団の攻撃魔法は戦車の装甲には通じず、防御魔法は戦車砲で貫かれた。

 前線で起こっている悲劇が王都で、それも中枢で起こったのだ。


 最新兵器を駆使する反乱軍に対し、対戦車兵器どころか銃すら持たない近衛騎士団は苦戦した。

 伝統的に平民の武器とされる銃を使うことへの抵抗がまだまだ根強く、反乱軍の銃火器および兵器の前に、為す術もなかったのである。

 騎士団は徹底抗戦を貫くも壊滅。

 イザベラは辛くも生き残り、サラを連れて秘密の地下通路から森へ逃れた。


「やつらさっき襲撃したのは、地下通路の出口になっている屋敷だ。普段は夜会の会場になったりしている。平民のお前が知らないのも無理はないがな」


 ハンドルを握るビンセントの手は汗で濡れていた。

 何かが起こっているとは思っていた。しかし、ここまで大事になっていたとは予想外だった。


「それじゃあ、エイプル王国は……」


「ああ、もう戦争どころじゃない。国家崩壊の危機だ」


「…………」


「奴らはすぐに追ってくるだろう。トラックを奪うつもりだったが、私は運転の仕方を知らないからな」


 これで謎が解けた。

 でたらめの作戦目的も、味方から撃たれた訳も。

 ビンセントが急に転属させられ、何も知らなかったからだ。


 王女を暗殺する作戦、事前に周到な準備がされていた事だろう。

 部隊全員が結束していた所に、いきなり異分子が放り込まれたら、排除するしか無い。


「目立つからそろそろ降りるぞー。待ち伏せされたら良い的だもんねー」


 トラックを茂みに入れる。偽装は不十分だが、道にそのまま置きっ放しよりは良いだろう。

 トラックはこのまま放置せざるを得ない。空は白みかかっていた。


 仲間……と言って良いのかは分からないが、彼らに悪いとは思いつつ、残された他の背嚢から食料と、少しだけあった現金を取り出し、一つに纏めてイザベラに渡した。


 貴族に恩を売っておくのは悪い事ではない。元々自分の物ではないし、もしご褒美があれば地元に残る両親と妹が助かる。


「これは?」


「食料と、少しですがお金が入ってます。必要でしょうから」


「そうか、受け取っておくぞ」


 イザベラの表情が少しだけ和らぐ。

 プロパガンダのために外見を優先して集められたと言われる近衛騎士団に入る予定だっただけあり、並の映画女優を凌ぐ美しさ。


 例の記事は今でもポケットに入ったままだ。

 性格はきついが、美女は美女。少しくらい良い恰好をしておきたい。


「俺が司令部で場所を虚偽報告して時間を稼ぎます。その間に逃げてください」


 イザベラはきょとんとしていた。まるで、『お前は何を言っているんだ』とでも言いたげだ。沈黙をサラが破る。


「無理だよー、ブルースー。お前の首の認識票ドッグタグには、私が魔法をかけちゃったんだー」


「魔法……ですか? いったいどんな……」


 嫌な予感がする。


「お前は私から三百メートル以上離れると、自動的に認識票の鎖が締まって首がもげるんだよー」


「えっ」


「ついでに言うと、私が死んでもギュー、ま〇こに異物が挿入はいってもギュー、だぞー」


「えっ」


 どうやら、国家の非常時において手段を選んではいられなかったようである。

 現在では使用が禁止されている特殊魔法、『奴隷の首輪』であった。

 否応なしに同行するしか無い。 


 ◇ ◇ ◇


 ビンセントはポケットの徹甲弾を取り出し、しばし眺める。

 リーチェでの戦い以来、常にビンセントのポケットにあるものだ。お守りのようなもので、徹甲弾に触れることで少しだけ気分が落ち着く。


 手榴弾を幾つか。食料。細々とした雑貨。それらを追加で荷物に加える。

 魔法の認識票は、どうやっても外れなかった。


 思えば、自己紹介もしていないのに、サラはビンセントの名前を知っていた。

意識を失っている間に認識票に細工をされたということだ。名前はその時に確認したのだろう。


 リーチェで死んだ戦友は、認識票がちぎれ飛んでいた。ビンセントは、彼の名前を最後まで知ることはなかった。


「…………」


 否が応にもお姫様を守って戦う戦士となったブルース・ビンセント一等兵は、荷物を纏めるとフラフラと立ち上がる。

 せっかくリーチェの地獄を生き延びたというのに、逃れた先はまた地獄。


「……準備良しです」


「気合が足らん! 目が死んでいるではないか! それでも誇り高き王国兵士か!」


 イザベラに怒られる。肌が白いので額に血管が浮き出ているのがよく分かった。


「イザベラー。怒ると血圧が上がるんだよー。前の第六連隊の司令官はそれが原因で死んだんだぞー」


「わ、私は別に怒ってなど! この兵士が――」


「人のせいにしないのー。行くぞー」


 薄く靄がかかった未明の森は、小鳥や虫たちが活発に動き出しているが、他に人の気配はない。

 目下の脅威は、ビンセントがいたガーランド分隊だ。

 屋敷を放火し、トラックを強奪して距離を稼いだものの、道路しか走れないのでこちらの位置も見当を付けられてしまうだろう。


 彼らが火災で死んだと考えるのは楽天的過ぎた。

 いずれどこかで遭遇する危険性が高い。

 彼らは半数がサブマシンガンで武装している。

 射程距離は短いが、見通しの悪い森の中では強力な武器だ。


 ビンセントの銃はボルトアクションの標準的な歩兵銃。弾倉には五発入るが、彼が五発撃つ間に相手は数百発の弾をばら撒くだろう。

 イザベラは火属性の魔法を使えるが、それでも護衛任務は戦力的に厳しい。

 隠れながら逃げるしか無い。


「それなら、私に少しばかり心当たりがある」


 イザベラは自信有り気に進んでいく。

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