私たち感情管理会社です

@nakako

プロローグ 0-0

暗闇の中で1人の女がポテチをかじりながら手元にある資料を見やる。

「はあ」ため息を一つ吐いて視線を何も見えないはずの虚空へと向ける。

誰もいないはずの空間に彼女は話しかける。「ねえ、今年の新人は酷いもんだと思わない?尼寺くん」

一寸先も見えない闇の中からヌッと尼寺と呼ばれた男が姿を現す。

「それな 使えるもんが全くいませんよ 清水さん」

清水と呼ばれた女はおもむろに尼寺に近づき鉄拳制裁をお見舞いした。ゴチンッと勢いよく頭と拳がぶつかる音がなにもない空間に響き渡る。「ッ!痛い!!何するんですかあ!?」

いきなり拳を振るわれた尼寺は訳が分からないと言った顔で清水に問いかける。

「上司には敬語使う。これは常識」清水は悪戯を犯した悪ガキを諭すようだ。「今どき年功序列何て古臭いですよ。今は平成、まごうことなき平成!」

「じゃあ自分の学生時代に当てはめてね。尼寺くんはクソみたいな後輩に敬語使われなかったらどう思う?」尼寺は晴々とした笑顔で答える「ぶん殴った後に説教2時間フルコースですね

自分の立場を叩きこみます」

「でしょ?」清水は同調の意を示す。

「はい。で、どうしたんですか?」まだ分かっていないのか………と清水は呆れたようにこめかみを抑える。「君は私にそれをしていたのよ」

そこまで言われて気付いたのかハッとした顔になる。「ふむ それなら謝る余地が僕にもありますね。すみませんでした」素直に尼寺は清水に向けって謝罪の言葉を口にする。

簡単に謝罪されたのが平謝りに見えたのか清水は不服そうに口を尖らせる。

「さ、それよりも今年の新人についての対策を練りまそうよ」軽快な口調で話を切り出す。

「ハイハイ」と空返事をして話にのっかていく。「清水さんの言った通り今年の新人は全然使えません。給料を払うのもおこがましいほど使えません」バッサリと言い切る。

清水も尼寺がそこまでドストレートで言葉を紡ぐとは思っていなかったようで若干ひいている。清水は苦笑いを顔に浮かべている。「今の言葉、新人に聞かせたら心折るやつが出てくると思うよ」

「まあ事実ですから。 清水さんも擁護する必要もありません」

「案外、尼寺って厳しいんだな……」後輩のブラックな部分がチラチラと顔をのぞかせている。

「ただ……新人が使えないのは毎年のことだからな……… 私達も実際1年目は先輩たちのお荷物になっていたし」

清水の言葉から少しばかり新人をフォローするような感情がにじみでている。それは過去の自分と新人を重ね合わせているのだろう。

「それはそうですけど………」彼もまた過去に自分と重ね合わせてしまっているのだろう。

「でも」と一拍置いて話を継続する。「いつもなら1人ぐらいはすぐに即戦力になる才能の持つ人間が入ってくるんですよ」静かに愚痴をこぼしながら頬ずえをつく。

「確かに……」と肯定はしたものの清水はやはり苦々しい顔になる。自分の過去と重ね合わせているので新人には強くは当たれないようである。

尼寺がバンッと机をたたく仕草を見せる。しかし、尼寺と清水が存在している場所はなにもない空間なので音が全くでない。「そこで僕は提案します!新人を下界から採用することを!こちら側にはまともな新人が居ません!」

「別にいいんじゃない?」清水は快く尼寺の提案を承認する。

尼寺はその解答に意外そうな顔をする。「清水さんはそういうのに否定的な考えをお持ちな方かと思っていましたよ。こちら側の人間は下界の人間達を下等や愚かだと見下しているのが多いですから」

「確かに、こちら側にそういう人が多いのは事実だけど……そんな人ばかりじゃないでしょう?あなたもこちら側の人間だけど下界の人間達を見下していないでしょ?それに私は元々下界側だしね」

「そうでしたね。忘れてましたよ 清水さんがこちら側に来て長いこと経ってますから」

「時の流れは早いもんよね」しみじみと真っ暗な空を仰ぐ。

「それだけ……清水さんも年をとっていて老けていっているということですね」余計な一言を付け足して尼寺はまたも清水からの鉄拳制裁を受けてしまう。

今度は自分に非があったことを最初から自覚しているようで不服の申し立てはしない。その代わりに暴力が加えられた頭を両手でおさえて恨みがましい眼で清水のことを睨んでいる。

しかし、当の清水はそんな視線どこ吹く風といったように口をひらく。

「で、下界から新人を採用することは私から上に報告しておくわ」「ありがとうございます。僕なんかがいっても突っぱねられそうですから いつもの態度で……」最後の方は声が消え入りそうになっていた。尼寺は自分の普段の上司に対する態度に思い当たる節があるようだ。

「うん。そうだね 君が報告したら嫌味の一つや二つを浴びせられた挙句、この提案は取り下げられるよね」清水も尼寺の普段の態度を知っているので素直に肯定する。尼寺は反論の余地が全くないせいで黙りこくってしまっている。

「どんな人を採用するの?」尼寺に最もな質問が降りかかる。

うーんと少しうなった後、どこからともなく出現した分厚い本をパラリパラリとめくり始める。

そして、あるページで手を止める。「この人なんてどうですかね?」数ある名前の一つを指さす。「人間の持つ感情について不満を持ってるし、ちゃんとした職にもついてないしね」

尼寺が示した名前は清水にも好印象な結果となった。

「それじゃあ、彼の日常を覗いて本当に採用に値するか確認しましょうか」

清水もどこからともなく胡散臭い占い師が使うような水晶玉を取り出す。そして、二人して済んだ水晶玉に顔を近づけた。


* * *


とある会社のオフィスの中、一人の男は自分のデスクを見てげんなりとした顔を見せる。

彼がそんな表情を見せた理由は彼のデスクの上に一枚の手紙が置かれていたことだろう。手紙の外観はピンクの可愛らしい封筒にハート形のシールで封がされていた。

恐らくラブレターで中身は男に対しての愛がつづられていることだろう。男はデスクの前に設置されている椅子の前に座りこむ。仕事を始める前に封筒の封を開ける。手紙は封筒の中で丁寧に半分に折られていた。半分に折られていた手紙を伸ばして読み始める。

内容は、笹山くんに大事な話があるので会社の屋上に昼休みに来てくれとのことだった。

笹山と手紙に記されていた男は手紙を読んでまたもげんなりとした顔になる。

しかし、そんな表情も一瞬だけ見えただけですぐに真面目そうな表情に戻り通勤鞄からノートPCを取り出し起動する。立ち上がったら即座にログインを開始して仕事を始める。

数時間すると、オフィス中に昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。

チャイムが鳴るのと同時に笹山の周囲の人間は次々と体を伸ばして昼食の話をし始める。

その中で1人昼食の話をしていない人間がいた。それが笹山だった。「はあ」と笹山はめちゃくちゃ重苦しいため息をついて椅子から立ち上がる。

オフィスから出て屋上を目指す途中で会社の同僚に話しかけられた。「おう 笹山。食堂は一階だぜ?屋上には何もないぞ」[少し、屋上に用事があってな」

「おお、モテる男はつらいねえ」同僚はニヤつきながらからかってくる。彼が言った通り笹山はかなりのイケメンだ。それ故に学生時代から今日まで結構な数の女性に告白されてきた。ただ、本人はそれを好ましく思っていないようだ。「アハハハ」顔に苦笑いを浮かべて同僚の言葉をあしらう。「じゃ」と別れの挨拶を交わして同僚の男は食堂がある一階へ笹山は用のある屋上へと足を進めていく。

屋上へとつながる扉はオフィスへとつながる扉のように自動ドアではなく古びた金属製の扉だ。

古いせいかやたらと街中などで見かける他の金属製の扉よりも重くそして開きにくい気がしてならない。そんなことを考えながら笹山は屋上への扉を開く。グギギギという重音がしたあと視界は青く澄み渡った空に奪われる。視線を奪われながらも扉を潜り抜け屋上に出る。

そこには青い空と対比するように真っ白なシャツを着た女性が立っていた。

彼女は爽やかな笑みを浮かべながら手招きをしている。笹山はその手招きに応じて彼女に近づいていく。

笹山が彼女の真正面まで来るとやっと口を開く。「ごめんね 貴重な休み時間を使って」彼女は顔の前で両手をパチンと合わせて謝罪の意を示す。「そう思うなら早めにお願いしますね」

「うん!」笹山に返答してもらえたのが嬉しかったのか元気よく飛びあがる。まるで小さな子どものようだ。「それで話っていうのはね……」頬を少し紅潮させながらも言葉を続ける。

「私あなたのことが好きみたいなの…… 付き合ってほしいななんて……」

自分の気持ちをしっかりと伝える彼女に対して笹山は……

「お断りします」きっぱりと断りの意見を告げる。「確かに山本先輩は魅力的な女性だとは思います」

「ッ!?」予想外の言葉に驚きを隠せない山本。「ならっ!私とっ」感情任せに言葉を紡ごうとするが笹山の発言によって遮られてしまう。「魅力を感じるのと実際に好意を持つことは全く違いますがね」

笹山から放たれた言葉は深く深く山本の心根を傷つけていく。

フラリフラリと彼女は体を動かす。「私はこの会社の社長の娘なのよ!!今、私と付き合えばあなたを正社員にしてあげることも出来るし 昇進だってさせてあげる。それにともなって給料もあがるわよ」彼女は自分と付き合うことでいかに笹山にメリットが生まれるか説明するが……「正直、正規雇用も昇進も心が惹かれないと言えば嘘になるでしょう。しかし、俺は自分の心に嘘を吐くことは出来ません」

再度きっぱりと断った。その言葉を真正面から浴びた山本は崩れ落ちおいおいと泣き始めた。

笹山はその光景を見て手を貸すこともしなければ話しかけることもしないし慰めの言葉もかけることはない。その代わりか「はあ」深い失望と呆れが入り混じったため息を落とした。

(泣いて俺の気をひく気か?何度も何度もその手にはひかかってきたんだ。今更、罠にはまりに行く馬鹿な俺ではないわ)笹山は今日までの教訓があるようだ。

しかし、山本本人は振られたショックで演技ではないマジ泣きをしているのだが、深い思い込みのせいか笹山が気づくことはなかった。

そして、彼は深い失望と呆れの気持ちを抱えたまま屋上を後にした。

笹山はオフィスに戻ると時刻を確認した。既に昼休みが始まってから45分が経過している。

この会社の休み時間は1時間なので残り15分しか休めないことになる。

笹山は今からでも食堂に向かい昼食を食べることを考えたが、人であふれかえっており自分の座る席が無いと予想し食堂に向かうことしなかった。

食堂以外では食品を販売していないので笹山は昼食を抜くことになった。5分ほど経過すると先程話しかけてきた同僚の男がオフィスに戻ってきた。片手でつまようじを握って歯の隙間に突っ込んでいる。もう一方の手は満腹になったと思われる腹を抑えていた。表情あ満腹になったせいか眠そうだ。

しかし、笹山の顔見ると眠たそうな顔とは一変好奇心に支配された表情となった。

「で、どうしたんだ??OKしたのか?」

「いつも通り断ったよ」笹山は同僚につきさっきの出来事をそのまま淡々と伝えていく。]

[はあ、お前相変わらずだな」

「誰と付き合おうが付き合わまいが俺の自由だろ」何故か必死な同僚の言葉を軽く流す。

そんな他愛もない二人の断章にわりこんでくる人物が一人いた。ポンと笹山の肩に手がのせられる。笹山は自分の肩に手をのせた人物を確かめるべく首を後ろに動かす。

そこには、にこやかな表情を浮かべながら一人の男性が立っていた。「部長、なにか用ですか?」

笹山の後ろに立っている人物は笹山が所属している部署の部長だ。「いやね、君たちがいつもの話をしているなと思ってね。で、今度は誰を振ったの?」いつもはおちゃらけていてから見やすい人物なのだが恋愛に対しての話題となるととても至極真面目な顔になって尋ねてくる。

「山本さんですけど……」話題の種にされている山元に少しの罪悪感を抱きながらも笹山は話を続ける。

その笹山の解答を聞いた途端「あちゃー」と声をあげて部長は頭を抱えだす。「どうかしたんですか?」同僚の男は明らかにおかしくなった部長の様子に不信感を覚えたのか口をひらいて尋ねる。

「これはあくまでも噂なんだけどね 山本さんって社長の娘だよね?で、娘さんからのお誘いを断った男には罰としてクビが待っているらしい」

部長が放った言葉が笹山の首筋をヒヤリとなぞる。

「そ、それあくまでも噂ですよね?」笹山は焦りながらあくまでも噂であることを確認する。

「でもねえ、娘さんのお誘いを断って消えた人はいるんだよねえ」

「偶然とかでは……」同僚の男も社長の理不尽な行動に顔をひきつらせている。

「明らかに不自然な時期にみんなクビが飛んでるし……」

その言葉を聞いて笹山は腰を90度に折る。「今までお世話になりました」それは今日一番

元気のない声だった。

同僚も部長も顔をひきつらせながら「お疲れさまでした」と呟いた。


夕刻仕事を終えた笹山は精気のない表情でオフィス内に存在している自販機の前に立ち尽くしていた。「クソッ!」自販機を思い切り叩く。「なんで俺がこんな目に!!社長の娘のお誘いを断っただけでクビが飛ぶとかおかしいだろ!」彼は誰も聞いていないのをいいことに毒を吐き続ける。

笹山は数時間前、社長室に呼び出されて理由も明確にされないままクビにされてしまった。

通常の社員ならそこそこの金を貰っていて口座に貯金もあるだろう。しかし、彼は非正規雇用労働者だ。少ない給料で今までやりくりしてきたのだ。

貯金なんてスズメの涙ほどしかない。彼はすぐに次の勤め先を探さなければ生活の危機なのだ。

「俺はずっと、受ける側だ!与える側ではない!」

彼は夕日が完全に落ちきるまで毒を吐き続けた。

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