第9話 パーティ全滅
車を出すから一階のロビーで待つよう三田村さんに言われ、出入り口付近のソファーにオレはひとり腰を下ろした。
案の定、怨霊男は成仏などしていなかった。
「私の辞書に成仏という言葉はないんだ」
刑事課を出るとどこからともなく現れた怨霊男に「姿がないから成仏してくれたのかと思った」と伝えると、どこかの国の皇帝の名言を
オレが聖子先生と喋っている間、暇をもてあまして警察署内を探検していたと言う。
「退屈で死にそうだったよ」
怨霊男は頭の後ろに両腕をやり、非難の声を上げた。
すでに死んでいるくせに、どうやってもう一度死ぬというのだ。
落ち着きなくロビーを行ったり来たりする不機嫌な下駄の
聖子先生は学校への報告とスマートフォンにストーカーまがいのおぞましい数の着信を入れた友人Aへ電話を入れるため、一時的に席を外している。
オレは三田村さんが来るまでの時間を埋めようと、昨晩、怨霊男のせいで中途半端になってしまったスマートフォンのアプリゲームを立ち上げた。
美しいCGグラフィックを駆使したオープニングムービーは、魔王の抱いた積年の恨みを解説しながら、勇者一行が世界平和を成し遂げようとする正義感を称えた王道の作りになっている。
積年の怨み──。
いつの間にか怨霊男が隣に座り、スマートフォンの画面を覗き込んでいた。
すっとぼけた顔をしたイケメン怨霊は、崎山家の偉大なる先祖であり、オレの守護霊に対して、怨念を抱き続けている。
一体、二人の間に何があったのだろうか。
詮索するなとは言われたが、このまま有耶無耶にできそうもない。
オレが先祖の代わりに誠心誠意込めて謝れば、許してくれたりしないだろうか。
長い時間を恨み辛みに費やす怨霊男も怨霊男だが、過去の所行によって
オレだって遅刻はするし、赤点は取るが、幼少期から他人に迷惑を掛けてはならないと教えられてきたのだから。
「積年の恨みをようやく晴らせるこのときをどんなに待ちわびていたか。誰にも邪魔はさせない。
画面では魔王が鼻息荒く言いつのり、オープニングムービーが終了したところで、ゲームはスタートメニューの画面へと移行する。
そのままゲームを開始しようとしたと思った。が、やめた。
「なあ、悪かったよ」
オレは大きく溜め息をつく。
「オレが先祖の代わりにあんたに謝罪するよ」
「
怨霊男は訳がわからないと首を捻ってから、半眼にして疑いの眼差しを向けてきた。
「またそうやって
「違うって。もう守護霊の封印のことなんてどうでもいいんだ。ただ、あんたが気の毒で」
「私が気の毒?」
画面に暗幕を下ろし、オレはスマートフォンをポケットに突っ込んだ。
「一生を台無しにされたら、普通は恨んで当たり前だろ。オレの守護霊は偉大なる先祖なのかもしれないけど、理由はなんであれ、現にあんたは殺されているんだ。立派な殺人者じゃねえか。戦国時代の考え方じゃあるまいし、今の世の中で言っちまったら、戦国大名なんて揃いも揃って大虐殺の殺人犯なわけじゃん。人の命を奪うことは冗談でも現代では受け入れられないんだよ」
「私は戦国時代じゃない。江戸時代の人間だ」
「戦国時代も江戸時代も過去は過去だろ」
「それはおかしな話だよ。真の話に則れば、昨日も
「細かいこと言うんじゃねえよ。オレは宇宙規模の視野を持ってるんだよ。あんたもオレみたいに広い視野を持てばだな、あっという間に成仏できるんだぞ」
「へえ」
「この間の日本史のテストで十九点を取ったのはその宇宙規模の視野のお陰ってことだね」
「どこでそんなガセネタ仕入れてきてんだよ」
すみやかに口を閉じろ、さもなければ南京錠を取り付けるぞとオレは脅しの意味を込めて人差し指を立てるが、怨霊男はそんな脅迫にも屈せず、やすやすと口を開いた。
「まあ、一応は同情してくれるんだね。いかにも現代的な
皮肉のつもりではないようだ。怨霊男は爽やかな風に目を細めるようにして切れ長の瞳を遠くへ投げた。
つい数十分前のオレのように制服警官に腕を取られ、ふてぶてしく歩くわけありの少年たちがロビーを横切ったが、怨霊男の視線は一ミリも動じない。
視線の先にある自転車盗難防止のポスターに焦点を結んでいるわけではなく、彼にしか見えない妄想の世界にひとり浸っているように見えた。
やがて怨霊男が口を開く。
「
「藪から棒に喧嘩を売るつもりか」
「でも。いつも平等で、平和主義で、お人好しで、マイペースだ。そこがいいところでもあるんだけど」
「藪から棒に今度は褒めるつもりか」
「そう受け止めるのは個人の自由だからね」
「バカにしてんのか」
乱暴に吐き捨ててはみたが、耳の奥には不思議な響きが残っていた。
ずっと前から──。
怨霊男はオレの守護霊に殺されてからというものストーカーの如く、いや立派なストーカとして崎山家の人々の人生を見つめ続けてきた。
言うなれば、庭でひっそりと
端から見れば、れっきとした崎山家の一員ではないか。
その自覚は本人が知らぬ間に
怒りの感情のピークはたった六秒。
そう耳にしたこともあるから、怨霊男の抱く憎しみも例外ではないと思うのはオレの勝手な想像だろうか。
呪い殺すのであれば、もっと早い段階で実行できたはずだ。例えば、オレの守護霊がまだ生きていた時代に怨霊として直接本人に復讐する──。
一番シンプルで、労力を使わずに恨みを晴らせる方法だ。
「どうして、今このタイミングだったんだ?」
「どういうこと?」
怨霊男の視線がオレの横顔に移動した。
「あんたが復讐するタイミングのことだよ。わざわざ、子孫のオレじゃなくて、直接本人を狙った方がよかったんじゃないのかなあと思って。時間が経てば経つほど、感情のピークは過ぎていくもんだろ」
懇切丁寧に例を挙げる。
「オレなんか、冷凍庫のチョコアイスを母さんに食べられたときは本当に腹が立ったけど、一晩経ったらどうでもよくなったぜ?」
「それって自信ありげに話すような内容かな。呆れるくらいにレベルが低すぎて、これじゃあ、魔王決戦前にパーティーが全滅しちゃう」
怨霊男がゲームになぞらえて言った。これまたすっとぼけた顔で。
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