進路選び
群青更紗
第1話
「大きくなったら何になりたい?」
「神様」
そんな訳で三郎は、出雲へ丁稚に出した。彼が五歳の時だ。
「三男とは縁起が良い。ご存知かもしれないが、三は古来より神に通じる数字。ご子息はさぞ良き神となるであろう」
神殿で迎えてくれた穏やかそうな老師は、莞爾と笑って褒めてくれた。あとで聞けば決断の神だそうだ。
「良き決断をなされましたな。しかもまだ若い。ここで多くの神や人と出会い、学び、悩み、何の神になるのか決めるが良い」
三郎は決断の神に頭を撫でられると、そのまま手を取られて神殿の中へと消えた。隣で妻は涙ぐんでいた。私は寂しい反面、安心していた。生まれた時から大人しかった。何の主張もせず、やんちゃで自己主張の激しい兄たちと異なり、いつも一歩引いているところがあった。だからこそ、「神様」との主張は、叶えてやりたかった。神の修行はまず十年だという。それまでは一切会えない。それでも構わなかった。出雲へ行くかと聞いたとき、三郎は照れたように笑った。その笑顔を守りたかった。
十年が経った。この国で人として生きていたら、義務教育を終えて最初の進路選択を悩んでいただろう。三郎の兄たちである一郎も次郎も、そうして選んで今を生きている。彼らはそれぞれ、大学生と高校生だ。そろそろ二度目、三度目の岐路に立つ。
しかし三郎はその最初の選択を、十年前に終えているのだ。その意味では兄たちより先を進んでいる。
三郎は今年の神在月で、何の神になるのかを決めるはずだ。他の地では神無月と呼ばれるこの月、出雲には全国の神が集まる。十年の歳月で決めた心をその場で神々に伝え、了承を得て新たな修行が始まる。
三郎は何の神となるのだろう。ここへきて急に不安になった。神と一口に言っても八百万の神がいるのだ。そもそも十年間、一度もあっていない。三郎の好みの想像が付かない。考えれば考えるほど不安になってきた。一体彼は今、どんな男になっているのか。
そんな不安が増した頃、出雲から手紙が届いた。その内容は意外なものだった。
「仏門をくぐることにしました」
過去の手紙は全て神々の誰かからだったが、今回はじめて三郎本人からの手紙だった。面会許可も出たとあり、慌てて休みを取って出雲を尋ねた。三郎はスッキリとした青年となって出迎えてくれた。剃りたてであろう坊主頭が青々としている。対峙するのは十年ぶりだ。互いにぎこちなさが出たが、照れたように笑った顔に私の知る三郎の面影が少し見えて緊張がほぐれた。
十年前と同じく決断の神が同席した。今回はもう一人、厳格そうな僧侶も一緒だ。三郎は言った。神道の丁稚として出雲で勤めたことは大変良い経験になった。父にも神々にも感謝している。しかしある時訪ねて来た僧侶の話が面白く、気付けば興味がそちらに移っていた。神々と何度も話をしたが、最後は自分で道を決めた。
「特に決断の神には感謝している。僕一人だったら今も迷っていたかもしれない。来月から縁の寺で修行を始めるよ」
すっかり大人の顔をするようになった三郎を、私は十年前とは違った寂しさで見た。しかし同時に頼もしくなった喜びもこみ上げてきた。
「いやはや、神とならないのは残念だが、僧侶もまた天界へと通じる素晴らしき道。存分に修行に励まれよ」
決断の神は十年前と変わらぬ姿で、やはり莞爾と笑った。隣の僧侶は静かに頷くだけだったが、言葉以上の説得力と安心感があった。
最終的には故郷の近くの寺へ勤めたいと三郎は言った。たった五年でも家族と離れていたとしても、故郷は故郷なのだそうだ。季節の変わり目ごとに自宅や家族、風景の写真を送っていたのも関係しているのかもしれない。続けていて良かったと思った。決断の神も「良い息子を持ちましたな」と褒めてくれる。すっかり良い気分になり、最後は皆と固く手を握り別れた。
帰宅すると、玄関先で妻が心配そうに迎えてくれた。一郎と次郎も珍しく顔を揃えている。
「それで三郎、どうするって?」
真っ先に妻が尋ねる。私は「心配ないよ」と微笑んで答えた。
「仏になって帰ってくるってさ」
「えっ?」
妻と息子たちの目が点となるのを、何かおかしなことをいったかな、と思いながら、私は鼻歌混じりに玄関をくぐった。
〈了〉
進路選び 群青更紗 @gunjyo_sarasa
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