ギフトオプション

群青更紗

第1話

 新手の詐欺に遭った。警察には届けたが、僕が軟禁されることには納得出来なかった。

「誠に申し訳ない。だがどうか堪えてくれ、関連機関への配慮は最大限に行う」

担当署員は丁寧に頭を下げてくれたが僕の怒りは収まらなかった。しかしカツ丼を奢られると少し落ち着き、現状を受け入れることにした。

「こう言っちゃなんだが、今はいい時代だよ。最初の頃は大変だった。バカンスだと思って楽しんでくるくらいの心意気で過ごすといい」

 豚汁を啜りながら、署員が言った。他人事だと思って、と僕は苦笑いした。

いわゆるネガティブ・オプションいうやつだ。一方的に商品を送りつけ、売買契約を主張してくる。義務教育でも習ってきているはずだが、詐欺師の巧みさと消費者の心根の組み合わせで、今もどこかで誰かが騙されている。

 幸い僕はすぐに気付き、こうして警察に被害届を出した。

 ――問題は、送付された商品だ。

「詐欺被害の方ですねね。三番窓口へどうぞ」

 署員に付き添われながら移動した先は、都内の超能力センターだった。そう、僕は詐欺師に、超能力を送り付けられたのだ。

「それではこちら、館内着とルームキーになります。必要と思われるものは部屋に全て用意されていますが、何かあればいつでもフロントにお電話ください。入館期間は大体皆さん一週間ほどです。外部への連絡は、必ずこちらを通して行ってください」

 超能力オプション被害者は、超能力が抜けるまで施設併設の特別棟で過ごすことになる。特別棟は対超能力波で占められており、被害者が無意識のうちに超能力を使ってしまうことを防ぐ。素人の超能力ほど厄介なものはない。自他共に怪我をする恐れもあるし、ましてこの能力は詐欺師に送り付けられたものだ。何が起こるか分かったものじゃない。

 僕は施設を通じて大学に連絡を入れた。警察も連携してくれて、必要な授業は補習や小テストでカバーして貰えることになった。両親と兄弟にも連絡を入れた。僕個人のスマートフォンは施設預かりとなったが、かわりに施設専用のタブレットを貸与された。インターネットに接続するのも問題ないらしい。施設内にはジムも図書館もクアハウスもコンビニもあり、個室でプライベートも守られているため快適に過ごせそうだった。超能力除去プログラムと問診を受ける以外は自由に過ごせる。担当署員の言ったとおりだ。軟禁だと思っていたのが申し訳なく思えてきた。退所したら謝ろう。

 こうして僕は、軟禁ライフを満喫し始めた。


「おかしいな……」

 施設で過ごすこと六日、毎日真面目に除去プログラムをこなしているにも関わらず、僕の超能力はなくならなかった。それどころかむしろ、問診のたびに、新たな超能力の才能が開花していった。今のところテレキネシスだけだが、回を追うごとに移動距離と移動物体重量が増えている。

「これはもしかして……」

 問診医は僕の試験結果や問診データを見直して言った。

「君、元々エスパーだったんじゃないかな」

「へ?」

 思わずへんな声が出た。医師は構わず続けた。

「おそらく、元々眠っていた才能があったんだろう。それが今回のネガティブ・オプションで目覚めてしまったんだ。除去プログラムに問題は見られない。だから今の君の超能力は、詐欺オプションではなく、純粋に君のものだと考えられる」

「……」

 戸惑うしかなかった。急に未来が不安になった。超能力者は今でこそ比較的一般的だが、魔女狩りの歴史は過去のものではない。

 僕の不安を察したらしい医師が、柔らかく微笑んだ。

「これからどうするかは、ゆっくり考えたらいい。超能力を伸ばすか、消すか。今はどちらでも選べる時代だ。よく考えてから決めるといい。進路を決める前では超能力抑制装置を付けて貰うことになるけれど、明日には自宅に戻れるよ」

 そう言われて少しだけ安心したが、それでも完全に不安が消えた訳ではない。

「……どうせなら、他の才能が目覚めれば良かったのに」

 思わず声が出た。蚊の鳴くような呟きだったと思うのだが、医師は苦笑しながら応えた。

「望まぬギフト(贈り物)で望まぬギフト(才能)に気付くなんてね。それでも、ギフトはギフトだ。その事実は、大事にするといいよ。それが才能ってものさ」


(了)

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