第15話 10日目

毎日いるって大事だな――。

朝から2階ハンドメイドでただひたすらにミラーボールをシャンク巻きしながら、思う。

現場の雰囲気がよく分かる。というか自分が現場の一部だ。

たまに覗くのとは全く違う。知りたかったのはまさにこれなんだ。


前に国立さんが“いろんな意味で、目が良くないとダメだ”と言っていた事があった。

今なら分かる。それは視力うんぬんという意味ではない。

顕微鏡を用いて製品を詳細に検品・分析するミクロ的な見方と、現場の状況や状態を客観的な視野で観察するマクロ的な見方。

上に立つ人間は、それがどちらか一方に偏ってもダメなのだろう。

そこまで考えて、フッと自分に笑ってしまう。


――“上に立つ”、か……。

少しずつではあるがこうして現場を知れば知るほど、自分にできるのだろうかという不安が強くなっていた。

株式会社SAIHARAの3代目社長として恥ずかしくない采配を振るう事が、僕にできるだろうか。

倒産や経営難を招き、社員を路頭に迷わせるような事は絶対にできない。

現場を知る事で現実味を帯びた将来は、決して甘いものではないと実感させられていた。



SAIHARAも匠美鎖も、ジュエリーメーカーという看板を背負っているが、作っているもののほとんどは、大きな宝石がゴロゴロ付いて昔の王侯貴族が身につけていたような、やたら豪華な”いわゆるジュエリー”ではない。もっと身近な、百貨店の1階やショッピングモールに店舗を構えるジュエリーショップに並ぶような製品だ。

言ってしまえば、大量生産品。

だからパーツも金具も数が必要になる。メーカーとしてそれを供給する為には、どうしても作業は繰り返しになる。

特殊な技術を持つ職人のみが携わるのはごく一部で、ジュエリーの作製のほとんどは地道な単純作業に支えられているのだ。


実際に加工に携わってみて、気付いた事がある。

一点ものをつくるのとは違う“メーカー”としての『技術』は、特殊ではあっても細分化される事で誰でもできるような『作業』に落とし込まれ、作製される一連の流れから切り取られてしまう。ただひたすら繰り返すだけの単純作業では、“ジュエリーをつくっている”という心構えも誇りも、希薄になってしまう。

だからこの会社の人は大体の加工の仕事を、“作業”と呼ぶ。分かっているんだ、自分たちのやっているのは作業であると。


確か国立さんが”他の現場を知らない”と言っていた、職務態度の悪い検品部門を思い出す。

たぶんあの人たちは、切り取られた作業の中――狭い世界でしか仕事に関わってこなかったのだ。自分たちの手元にくるまでの全体の流れを理解できていないから、狭い視野、歪んだ誇りと価値観で己の狭い世界に閉じこもり、自分たちの仕事と立場を勘違いしてしまったのだろう。長く勤めているのなら知識くらいはあるはずだが、自分の手で、感覚で、本当の意味で身になっていないから、あんな風に振る舞う事ができるのだ。


それは、研修などを適切に行わず、他部署を経験させなかった会社のシステムのせいでもあるかもしれないが、そこで自分の立場を客観視できず、誰も何も言えない状況と勤続年数に胡坐をかく自制心の無さは、社会人として恥ずかしいと思わないのか神経を疑ってしまう。


そう、だからいつか僕がSAIHARAを継ぐ時には、誰もが誇りを持って仕事に向かえるような雰囲気の現場にしたい。ただ上の人間が言葉で“誇りを持って仕事をしろ”と押しつけるのではなく、1人1人が自ら意識を高く持つ事ができ、モチベーションの上がるような、環境とか報酬を考えたいと思う。

それが従業員を大切にする事に繋がると信じる。

この匠美鎖で、特別扱いされずに働く事ができた経験は、SAIHARA3代目として、具体的ではないにせよ漠然とした方向性を与えてくれた。


大きな失敗はなかったけれど、小さなミスはたくさんした。指示を勘違いしたり、自分では教えられた通りにやっているつもりでも間違っていたり、簡単な仕事に時間をかけてしまったり。

自分がそれほど器用ではない事を痛感させられた。

地道な単純作業がどんなに多く、大変で、大切か、そしてそれを支える従業員がいるからこそ成り立っているという事実は、現場を肌で感じる事で初めて本当の意味で実感できたと思う。

それに一般職の従業員と同じ目線に立てたおかげで、上長としてあるべき姿を、角度を変えて知る事もできた。

それだけではない。


番匠社長をはじめとする一部の幹部たちの、一般職の従業員に対する見下した態度。

不正による倒産の危機への不安と、隠そうとする上層部への不信感からくる生産性の低下。

生産の流れの一部であるという自覚の欠如と上長の管理能力不足は、間違った人材育成の結果だ。

そんな反面教師な事柄ですら自分にとっては“経験”で、この経験を活かす事こそが、今は返せなくても将来的に、雇ってもらった事に対する恩返しになると思う。


ただ、それでも、考えずにはいられない。


これから、匠美鎖はどうなるんだろう?

なんでもいい、僕にできる事が何かあればいいのに。

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