ランチボックス

柳居紘和

寒かったのでいけると思った

小学生の頃、ピクニックに行ったときのことだ。


目の前の弁当箱を開けると、そこには白米だけが詰まっていた。何かの間違いだろうと思ったが、やはり白米だった。三回フタを開けなおして確かめたから間違いない。


途方にくれていたが、弁当箱を包んでいた大きめのハンカチから、ふりかけが出てきたのでひとまず安心した。


でも、納得いかなかったので作った本人に聞いてみた。


「いや、美味しいよ?ふりかけ。」


美味しいのはわかる。それに、一番好きなおかか味だったのも良かった。違う、そうじゃない。俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。





中学生の時に映画を見に行った。その帰りに公園で弁当を食べた。


フタを開けると、炒飯が詰まっていた。ぎっしりと。炒飯だけ。まぁ、好きだけど。


でもやはり納得がいかないので、作った本人に聞いてみることにした。


「好きでしょ?炒飯。」


「好きだけど、そうじゃない。炒飯は割り箸じゃ食べにくい。」


無駄に本格的だったから、米がパッラパラだったのだ。そりゃあもう、一流の料理人もびっくりするくらいほぐれていた。


「因みに、どうやったらあんなにパラパラになるの?」


「米を水洗いして、ぬめりを取ってから炒めるの。」


今度、自分で作るときもやってみようと思った。





高校では、常に昼食は購買のパンだった。それを見兼ねたのか、ある日を境に弁当を作ってくれるようになった。


そりゃあ、弁当は嬉しいし助かる。でも、ちょっと待って欲しい。弁当は午後の活力となる存在だ。育ち盛りの男子の食欲を見くびってもらっては困る。


「なぁ、これは何だろう?」


腑に落ちなかったので、目の前にいる製作者に尋ねてみた。


「お弁当だよ?」


「うん、知ってる。そうじゃなくて、これは…何?」


俺は中身を箸で指した。


「ケーキ。」


「いやいやいや、色が似てるからって誤魔化されないぞ?」


まるで日の丸弁当のようだった。敷き詰められたスポンジケーキの上に生クリームが絞られていて、中央に小さな苺が乗っている。


「スポンジケーキ焼くのがちょっと大変だった。」


「しかも、全部手作りか。」


味は良かった。でも違うんだ。そういうことじゃないんだ。





それからは弁当地獄だった。いや、ある意味天国だったのかもしれない。弁当の色々な可能性を垣間見ることができたのだから。


ラーメンが弁当箱に入っていたこともあったし、福神漬けがぎっしり詰まっているときもあった。アイスクリームが詰め込まれていたときは、流石にどういうことか問いただしたが、「寒かったのでいけると思った」とのことだった。


まぁ、たしかにラーメンも福神漬けもアイスクリームも好きだ。それに関して異論は無い。でも何だろう、釈然としない。






やがて大学に進むと、昼食はもっぱら学食になった。弁当を作ってくれる人はいない。


あいつは今頃何をしているんだろうと思い、メールを送った。件名は無題、本文は「あんこが食べたい。」


数日後、アパートにあんぱんが大量に送られてきた。数えてみたら50個あった。3回数え直したから間違いない。


「いくら何でも多すぎないか?」とメールを送ったら、「でも、美味しいよ?あんぱん。」と返ってきた。半ばやけくそにあんぱんを頬張ったが、やはり美味しかった。





大学を卒業して、地元で就職をすることにした。引越しが済んだ夜、久しぶりにあいつに会った。


「で、これは何だろう?」


「夕飯だよ?」


確かに夜だ。時間帯に関して言えば、微塵も問題はない。問題なのはそこじゃない。


「それは知ってるんだ。そうじゃなくて、これは何?」


食卓に置かれたそれを箸で指して尋ねてみる。


「枝豆だよ?」


「いや、どうしてさ。」


「ほら、昨日言ってたから。」


確かに言った。翌日引っ越すことを伝えるために電話をしたのだ。その話の中で確かに言った。枝豆を摘みながらビールを飲みたいと言った。


「じゃあ、ビールもあるの?」


「もちろん。」


冷蔵庫の中にはビールが沢山入っている。否、ビールしか入ってない。


「まぁ、いいか…。」


空腹だったが、思い出話を肴に幼馴染と晩酌というのも悪くはない。


「お前も飲めよ。」


「うん、飲む。」





静かな夜だった。虫の声しか聞こえない部屋で、俺たちは少しずつビールを飲む。


「確かに、枝豆は美味い。ビールも良く冷えてて申し分ない。」


「そう、良かった。」


「でも、流石に腹は減ると思うんだ。」


「じゃあ、何か作ろうか?」


「でも、冷蔵庫にはビールしか無いわけだよな。」


「うん。」


「いや、どうしてだろう?」


「でも嬉しいでしょ?」


「異論は無い。」


「なら良かった。」


「…俺、来週から仕事が始まるんだ。」


「うん。」


「また、弁当作ってくれないかな?」


「いいよ。」


「できれば、夕飯も。」


「わかった。」


「あと、朝飯も。」


「うん。」


「…。」


いや、俺なりのプロポーズのつもりだったんだけど。何、このリアクションの薄さ。びっくりした。


結局、それ以上話を進めることはできなかった。俺は何気に勇気がないのだ。さっきのだって精一杯だっつの。





初めて会社に行った日のことは忘れないだろう。弁当持ちだと言ったら、先輩に愛妻弁当かと冷やかされた。


「別にそういうわけじゃないですよ。」


「そうなの?まぁいいや、俺も弁当だから一緒に食おうぜ。」


休憩室で弁当を取り出して、包みを開く。


「…先輩。」


「何だ?」


「すみません、やっぱり愛妻弁当でした。」


「…は?」





結局、昼は食べられなかった。空腹のまま、その日は退社まで働く羽目になった。でもまぁ、良いか。昼食が食べられなかった分、夕飯はしっかりと食べようと思い、帰宅した。


「おかえり。」


「…どういうことだろう?」


「喜ぶかと思って。」


「いや、嬉しかった。それは良いんだ。でも、違う。」


「何が?」


「そもそも、婚姻届は食べられない。」

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