香辛料ラバー

秋空 脱兎

迸るLover

 盛大に欠伸をしながら、男が調理場で寸胴を混ぜていた。


 男は二十代後半の青年で、背が高く、短く大人しい髪型の黒髪の下には、黒い瞳にくっきりとした眉毛、しっかり通った鼻筋という顔立ち。肌の色は、健康的にも見える褐色だった。


 男は鍋を混ぜながら、中身に黒胡椒を追加した。中身は、北インド方面の味付けのカレーだった。


「さて、出来た出来た……っと」


 青年は楽しそうに呟いた。


「…………あれ?」


 ふと青年が調理場の台を見ると、ブナ科の木の実を縮小したような、青年が見た事のない物が何粒か置かれていた。

 男が木の実を手に取って臭いを嗅ぐと、柑橘類のような爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。


「香辛料かな……?」


 男が呟いたその時、同居人の二十代中頃の雪のように白い肌の女性が寝室から出てきて、


「あっ!?」


 男が木の実を口に放り込んだのを見た。


「ちょっ、それどうし……あっ、しまった、昨日私出しっ放しだったんだ……!」


 女性がそう言う目の前で、男が震え出した。


「そ、それ、フチーブって言って、とっても辛いんだけど……だ、大丈夫?」


 女性が恐る恐る聞いたが、


「おお……!」


 男は、驚愕と歓喜の表情を浮かべていた。


「ちょ、ちょっと?」

「この柑橘類のような爽やかな香りと、それを多い尽くすような、強烈な辛さ……。これは、これは……!」

「あっ」


 女性が悟った、もしくは諦めたような声を出し、


「最高だ!!」


 男が爽やかな笑顔を浮かべて叫んだ瞬間。


 



 街の大通りを占拠し、褐色肌の男と白い肌の女性を先頭に、二列に並び、老若男女関係なく集まった大勢の男女がゆっくりと練り歩いていた。

 先頭の男女が立ち止まり、練り歩いていた全員が立ち止まった。


 先頭の男が、高らかに歌い始めた。香辛料であるフチーブを讃えていた。女性が男の歌声に自分の声を重ねた。それと同時に、シタールやタブラ、そして何故かリコーダーとカスタネットによって構成された不思議な曲が流れ出した。


 それに合わせて、全員が踊り始めた。

 左右にステップを踏み、腰を振り、手首を回しながら腕を振る。

 老人と老婆が手を取り合い、素早く鋭くステップを踏む。

 青年と女性が向かい合って鋭さの中にどこか扇情的な振り方で腰を振って踊る。

 十代中頃にも満たない少年や少女達が肩に手を置き、それから両手を打ち付け合った。


 褐色肌の男が香辛料を讃えて歌い、白い肌の女性が歌い答える。


 女性達が三度右回りに回転して、右足を腿の位置よりも高く上げ、力強く地面に降ろす。

 男達が腕を組み、首を水平に左右に動かす。

 一糸乱れぬ、完璧に整った踊りだった。


 褐色肌の男と白い肌の女性が向かい合い、お互いに鋭く扇情的に腰を振り、優しく抱き合いその場で何度か回った。そのまま女性は、男の腕を背もたれに、背中から倒れ込んだ。男がそれを難なく支え、優しく持ち上げ、目を合わせる。


 老若男女を問わない大勢の男女が褐色肌の男と白い肌の女性を中心に輪になって踊る。

 男はしっとりとした声で歌を締め括り、女性と並んで両腕を広げ、まるで鏡写しのような立ち位置で踊りを終えた。


 集まった大勢の男女は、晴れやかな笑顔のまま、ゆっくりと解散していった。

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香辛料ラバー 秋空 脱兎 @ameh

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