りんりんの微笑み

音里はじめ

第1話

「トーロ君、おはよう。先週渡した本読んでくれた?」

眼鏡の奥からでも分かるくらい、つぶらな瞳で、おかっぱの頭を

ちょっと傾けて満面の笑顔を僕に送る。

鈴村凛、秀才で文学少女の世界一可愛くて世界一怖いリンリンスマイル。

「えっ、読んだけどあんなすごい文学作品もあるんだね」

三島由紀夫の午後の曳航と言う作品で著作権の問題もあるので内容は、詳しく書けませんがラストはホラー小説も真っ青です。

若くして亡くなったノーベル賞間違いなしと言われた天才小説家です。

「明日日曜日でしょう。神田の古本屋行きたいんだけど、一緒に行ってくれるよね?」

「でも僕は、アニメか漫画じゃなきゃだめだからね」

僕の名前は寿司。すしじゃないよコトブキツカサ。ふつうならスッシーとか言われるかもしれないけど、スポーツも勉強もパットしない僕はトロなんて言われている。

「どうせトロはエッチな物しか興味が無いんだから、そのあと秋葉に行けばいいでしょ。」

「駄目よトロ、私と原宿のスッタモンダハウス行くって先週約束したじゃない」

左から声をかけて来たのは僕の幼なじみ。コンパル様と呼ばれている紺野はるみだ。番長の山下吾作をパンツ丸見えのハイキック一発でノックアウトした。それ以来誰も彼女に文句一つ言う人間はいない。

「でもあそこは女子100%だろう。行ったって役にたたないよ」

「いいのよ、トロの役目はちゃんとあるんだから」

「じゃあこうしない?最初に原宿行って後で神田に行けばいいじゃない」

「りんりんがそれなら私もそれでいいわ」

まったく僕を無視して二人の間で話がまとまってしまった。

「それで、もう一つトロ君に入って欲しい部活があるんだけど」

「何?僕スポーツは全くだめだから戦力にならないよ」

「大丈夫。何も才能はいらないわ。ほんとつきっていう嘘を3回言ったら舌を抜かれるの」

「嘘だろうゲームか何かじゃないの?」

「ほんとの舌じゃないわ、正確に言うとしばらく口が聞けなくなるだけ」

「紺野さんはどうする?やる度胸は有りますか?」

「私は何だってやるわ。」

ここでもまた僕を抜きで話がまとまった。トロの僕を間に挟んで、周りではどSサンドなんて言うやつもいる。でも僕は、この二人のお陰でいじめにはあわない。

だから甘んじてこの環境を楽しんでいる。

「じゃあ明日朝9時に原宿駅に集合ね」

何から何まで二人だけで話をまとめてしまった。この間は原宿の竹下通りを女の子みたいな格好で歩かされた。今度は何をしろと言われるか、わかったもんじゃない。

鈴村凛はこの学園の理事長の娘で他の学校から半年前に転校して来た。先生もかなわない秀才でアイドル並みにかわいい。だけど時々自分が部長になって変なクラブを作る。それがまた実に恐ろしい。

どうしてそうなのか、この学園だけの秘密だ。

僕はそれからうちに帰って、いつもは夜中までやっている大好きなゲームもそこそこに切り上げて、ハンバーガーとコーラだけで夕食を済ませてしまった。

風呂に入ってから寝付くまで僕の新記録10時にはもうスヤスヤ。

テレビ局のグッズショップで買った、目覚しが最大の音量で鳴り響いた。

僕は、眠い目をこすりながら二度寝、三度寝でやっと起きる。

日曜日はあさ10時までは寝ているので、これも僕の新記録。

たった一つしかない、ブランド物のスニーカーを履いて深呼吸一発で気合を入れて街に出る。

原宿竹下通りは2~3回しか行った事が無い。若者の街なんて言われているけどあそこは女子の天国だからね。ボーイフレンドでも無ければまず行かないかも。

ましてやオヤジが店なんか入ったら志村けんの変なおじさん並の、

女子の目が痛い。

僕は上野公園の裏に住んでるから交通の便は悪くない。

横浜から通っているリンリンは

おかかえ運転手付きの車で学園に通っているから、ここまではどうやってくるのだろう。

紺野の方はアウトドア派などでどこに行くにも自転車だ。多分ここにもオッスなんて言いながら駆けつけるに違いない。自転車置き場が近くに見つからないけど。

まず一番早く到着したのは僕だ。将来は原宿駅が移転するそうなので、雰囲気のあるこの駅舎も残して欲しい。

「オッス」

例のごとくヘルメットからはみ出した髪をなびかせながら、ここからでもわかる今はやりのシャンプーの香りがした。

自転車はそれから無理に空きのない駐輪場に押し込めて来たようだ。

「おはようトロ君」

しばらくしてとんでもない高級車でリンリンがやって来た。

こんな車でここに来るのは彼女ぐらいだろう。三人で原宿竹下通り

に入った。これだけでもこっ恥ずかしい。目的の店は入り口から5~6件のところにあった。ピンクと青のど派手な店ででっかいハートマークが目印だ。

店に入ると安くて可愛いアクセサリーとコスメなどが宝石箱の様にきらめいた。目がチカチカしそうな、財布の紐を緩めてしまう魔法のお城。男の僕にはわからないけど。そこから一番奥の棚。その先が目的の場所だ。水着がいっぱい並んでるけど、なんでこんな所に連れてこられたのか?

横で紺野がショップの店員と話している。お金を前払いするから試着させてと言う事らしい。

「トロはそこにいて」

仕方なく僕はそこに、下を向いて立っていた。

しばらくすると試着室のカーテンレールがショワッと鳴って舞台の開幕の様に紺野が顔を出した。

何でこんなの着てるのと思うくらい派手なヤツ。

「トロこっち見て!」仕方なく顔を上げる。スタイルのいい事では学校一の紺野だからモデル並み。

何で僕が連れてこられてのかやっとわかった。僕を実験台にして水着を決めたかったんだ。

そのど派手な水着を買ったあと、

今度は神田の古本屋街に行く。

リンリンの車は帰ってしまった。

仕方無いから電車に揺られ神田の街にゆく。秋葉は後回しになるらしいので、神保町に先に行った。

大学が周りにいっぱいあって、思ったよりも古本屋街は短いからね。小川町にかけては、スポーツ用品店だらけだ。今では知る人ぞ知るカレーの街になっている。

「私が帰りにカレーおごってあげるわ、アイスコーヒー付きで」

お金持ちのリンリンだからなんでもないのかも。僕の小遣いは三人の食事代にもならないかな。

神田で有名な古書店に入る。

ちょっとかび臭い様な図書館みたいなニオイがした。純文学が大好きなリンリンは、巷で有名な芥川賞作家になった芸人も愛している太宰治を神としている。

僕の神は秋葉にしかいないからね。

太宰治は文豪かもしれないけど

人間失格なんかすごい重いから

読んでるだけでユウウツになる為の特効薬だもん。

リンリンが選んでいる間、非の付くくらい苦手な僕と紺野は何もすることが無い。

2~3冊の本を抱えたリンリンと外に出る。彼女には宝物だけど僕にはゴミみたいなもんだ。

テレビでも登場回数が多くて有名なカレー屋に入る。なんでこんなにと思うくらい真黒。イカ墨でもないらしいけどなんでこんなに黒いのだろうか?

三人で注文してテーブルに届いた物を見たらテレビの倍くらい真っ黒。

一口食べたらとんでも無く辛い。

おごってもらったつもりが罰ゲームになってしまった。女子は辛い物得意だからいいけど。

その後のアイスコーヒーで辛味中和した。

店を一歩出ると、夏はサーフ関係だった町並みがスキー用品なども並び始めた。もとはそれ程大きく無かったミズノなんかは大御所の雰囲気たっぷり。

ちらっと横目で流していきながら

秋葉のある万世橋方面に向かう。

途中には年末の年越しそばで有名な老舗が見えた。

「私、いつも年越しそばはあそこよ」

だけどリンリンみたいにお金持ちじゃ無い僕はいっぱい3000円もする天ぷらそばなんかは多分一生食べられないだろう。

昔は交通博物館が万世橋のほとりにあった。いまは埼玉県の鉄道博物館まで行かないと見られなくなってしまった。万世橋を渡るとすぐ秋葉の街だ。家電品の街だったが今はオタク御用達。

メガネをかけてキャップ、リュック担いだらここの正装だ。

メイドカフェに通いつめてるので有名な芸人を見かけた事がある。

「ここの店なんだけど」

人に見せるのも恥ずかしいくらいアニメのヒロインがキラキラ。

こういうのが二人の女子は苦手だ。何か一段低く見られたような二人の視線。いつもはウキウキして入るのに初めて後ろめたい気がした。

紺野が下がっているポスターを指でピンと弾いた。僕には非売品だけど欲しくてしょうがないポスターだけどね。

今大人気のアニメゲームの陳列してある棚に行く。

二人の視線を背中に浴びながら、

手にとってみた。

一つ5000円もする、僕の小遣いをやっと貯め、今日は買える日。

これからは僕だけの宝物。

擦り切れるまで楽しもう。

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りんりんの微笑み 音里はじめ @asatteno-kaze

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