九、運動場の決戦
いざやることがはっきりして夢中で取り組むと、時間はすぐに過ぎちゃうもので。
あっという間に、合同ホームルーム当日である五月の最終土曜日をむかえることになりました。
空にはどんよりと雲が広がっているものの、雨は降らないようです。雨が降ったら体育館を使わせてもらうようにしていましたがその必要はなさそうで、良かったです。
「朝井さん、ブルーシートはこの辺でいいかな?」
「もうちょっと向こうでおねがいします!」
「椅子の数が足りないんだけど。朝井、どうすればいい?」
「じゃあ、すいませんけど体育館から借りてきてください!」
対局者である以前に言いだしっぺであるわたしは、今回の合同ホームルームの責任者になりました。今日までもやることはたくさんありましたが、今日だって大変です。実際に設営するのは一人では絶対無理ですから、クラスのみんなに動いてもらわないといけません。
だれよりも早く学校に来たわたしは、さっさと体操服に着替えて、クラスメイトたちを仕切っていました。合同ホームルームは一時限目から二時限目までぶち抜きで行われます。まだ朝の八時半ですが、準備を急ぐ必要があるのです。
わたしがクラスの子たちと一緒に椅子を運んでいると、
「祈理ちゃん、おはよう」
声をかけてくれたのは、浅倉さんのお兄さん……要さんでした。今日はスーツを着ています。これもお仕事の一環と考えてくれているのかもしれません。
わたしはあわてて、
「おはようございます! 朝早くからすいません! 今日はよろしくおねがいします」
「うん、よろしく。ちゃんとタブレット持ってきたからね」
「ありがとうございます! これでバッチリですよ」
PK戦は見れば様子がすぐにわかりますが、将棋はそうもいきません。盤の上で駒がどう動いているか、
将棋のイベントなんかでは大盤解説と言って、文字通り大きな将棋盤を使って対局の様子をお客さんに見せるのですが、そんなものはわたしには用意できません。
そこで考えたのは、要さんの私物であるタブレットを持ってきてもらい、解説しながら将棋ソフトを使ってもらうことでした。そして学校の備品であるプロジェクターと接続して、これまた学校の備品である屋外用スクリーンに映せば、みんなにも駒の動きを見せることができます。
「こんな変わった対局は今まで見たことないからね。ワクワクしてきちゃったよ。……あれ?」
要さんがわたしを見て、ふしぎそうな声を出しました。
「なんです?」
「髪、結んでるね。ポニーテールにしてるんだ」
「ああ、そうなんです。動きやすいように」
赤尾先生にすすめられて、PK戦の練習をするときは髪を結ぶようになったんです。そして本番の今日は、転校前にお店を手伝っていたときの赤いリボンをつけています。
この学校に来てから作ってきたお嬢様っぽいイメージはなくなるかもしれませんが、そんなのにかまっていられませんからね。
「かわいいかわいい。そっちのほうが似合ってるよ」
要さんがニコニコしながら言ってくれました。
「へ? ……ありがとうございます」
よし、これからはずっとポニーテールで行こう。わたしは決意しました。
そうこうするうちに、準備はほぼ完了しました。校庭に敷かれたブルーシートの上にはたくさんの椅子と、そこに座ったお客さんが見える位置に大きなスクリーン、やや離れた位置に対局用の机と椅子。
その近くには放送席として、長机と三脚の椅子を置きました。そこに座るのは、解説とタブレットでの将棋ソフト操作役に要さん、実況と要さんの聞き役に放送委員でもある雨森さん。
そして棋譜読み上げ係といって、たとえば「先手、7六歩」というように駒がどう動いたか声に出して読む人が必要になるのですが、これは将棋ができないと無理です。要さんは手一杯ですから、結局ここは浅倉さんにお願いすることになりました。
そして今、放送席では……浅倉さんが死んだ魚のような目をして椅子にじっと座っていました。
表情とは反対に、格好は華やかです。魚住先生が中等部の演劇部から借りてきた白いドレスを着てて、本当にお姫様になっちゃってますから。髪にはティアラまでつけちゃって、まあ。
「浅倉さん、完全にプリンセスですよ。すごい!」
わたしが浅倉さんに近付いて声をかけると、
「タスケテ……」
彼女は小声で言いました。恥ずかしいというレベルを越えているのかもしれないです。
「いやなら断れば良かったのに」
「先生があんまり熱心にすすめてくるから……。今、ものすごく後悔してる」
「普段こんな格好しませんもんねえ……」
でも浅倉さんの意識とはうらはらに、遠巻きに見ている周りの子たちは男女問わず見とれているようでした。実際とんでもなくかわいいから、当然でしょう。
あ、斎藤くんもちらちら浅倉さんを見てる。気になるんでしょうねえ。
「浅倉さん、今日はよろしくおねがいしますね」
「うん、読み上げもちゃんとやるし、斎藤にもしっかり将棋を教え込んだから」
あの日以降もずっと、昼休みには斎藤くんが二組の教室に行って浅倉さんに将棋を教えてもらっていたそうです。
うらやましい。わたしはこの二週間浅倉さんと全然指してないのに。
「……今も、本当に将棋やめちゃうつもりなんですか」
わたしが不意をついて質問すると、浅倉さんはちょっと間を空けて、
「わからない。なんだかいろんなことを考えちゃって、頭の中がぐちゃぐちゃで、わからない。とりあえず、今日のこの対局が終わってからだよね」
きっと、正直な浅倉さんの気持ちなんだと思います。わたしも言いたいことはあるんですけど、今はそのタイミングではありません。「そうですか」とだけ答えました。
「それでは、今から六年一組と二組の合同ホームルーム『将棋&PK戦』を始めます」
放送席に座る雨森さんの声が校庭に響きました。わたしは対局者席で斎藤くんと向かい合って座っています。
客席には一組と二組の生徒はもちろん、一番後ろの列には赤尾先生と魚住先生、その近くにはお母さんの姿が見えます。お父さんが仕事で来られないのは、少し残念です。
そして雨森さんによって、細かいルールが説明されます。PK戦と将棋を交互に行うこと。PKを一回ずつ蹴った後で、将棋を三〇手指し、PKを一回ずつ蹴り……と繰り返すこと。
PK戦はお互い五回蹴ることを基本としつつ『残りキックをすべて成功させても相手を下回ること』が決まった時点で決着になります。つまり最短の場合、わたしが三回連続でPKを外して斎藤くんが三回連続で成功すれば、その時点で終了になるのです。
一方、将棋は玉を取るか、投了するかで決着しますから、いつ終わるかはっきりしませんが、平均一二〇手程度のため今回の設定になりました。そして一手指すのは必ず一分以内という、いわゆる一分将棋の形式です。
ルール説明が終わると、雨森さんによって要さんが紹介されました。
「将棋がわからない人のために、今回特別にプロ棋士の浅倉要四段に来ていただきました」
「浅倉です。みなさん、今日はよろしくおねがいします。少しでも将棋って楽しいなと感じてもらえたら、うれしいです」
要さんはそう明るく言うと、隣の席に座る浅倉さんを見て、
「それから、読み上げ係のお姫様のこともよろしくお願いします。ぼくの妹なので」
「ヤメテ、ホントニヤメテ、オニイチャン」
浅倉さんはうつろな目で言いました。客席ではクスクス笑いが起きています。みんな、浅倉さんがドレスを着ている事情は知っているのでした。
わたしと向き合って座っている斎藤くんも、浅倉さんを見て口元がゆるんでいます。
「斎藤くん、この二週間ずっと浅倉さんといっしょで幸せだったでしょう」
「ああ。……えっ! いや別に! 浅倉すごいきびしいし! 怒られっぱなしだったし!」
斎藤くんはあわてて否定しますが、本音が丸わかりです。
「ふーん。でも、それも今日までですからね。悪いけど、浅倉さんを取り戻します」
「……やれるもんならやってみろよ」
打って変わって、斎藤くんが不敵に笑いました。
PK戦の一回目、先攻のわたしは斎藤くんといっしょにゴール近くまで移動し、ボールを指定の位置に置きました。斎藤くんはゴールの中央で立っています。
PKの成功率は約八割だそうです。が、それは普通にサッカーができる人の話。まっすぐボールを蹴ることもできなかったわたしはこの二週間、そこそこの勢いでボールを飛ばせるよう赤尾先生に指導されました。
「軸足をしっかり置く。それからボールの中心を蹴って、まっすぐ振り抜く。それさえ徹底的に練習すれば、一本くらいは成功するかもしれないよ」
ゴールの枠内にさえボールが飛べば、何かが起きるかもしれません。とにかく一本決めれば最短の三回目で決着することはなくなり、将棋でわたしが勝つ可能性が高まります。
赤尾先生がホイッスルを吹きます。わたしは深呼吸をした後、助走に入りました。蹴る方向を細かく狙うなんて無理。とにかくボールの中心を蹴って、思いっきり、振り抜く!
わたしが蹴ったボールは練習の成果かそこそこの速さでまっすぐ飛び……ゴールポストの真ん中を越えていきました。一歩も動かなかった斎藤くんが一息ついています。
「朝井さん、PK一回目失敗です」
雨森さんの声が響きます。うーん、残念。まあ、思い切りよく蹴れたのは良かった。わたしは攻守交代するためゴールへ向かいました。次は斎藤くんが蹴る番です。
ゴール前に立ったわたしは、中腰になって斎藤くんの様子をよく観察することにしました。赤尾先生に教えられたのは、相手が蹴るまでじっくり様子を見ることと、ボールを怖がらないこと。
最初はとにかく怖かったボールも練習するうちにだんだん平気になり、赤尾先生のシュートを何度か止めることもありました。一本でも止めればかなり有利になるはず……。
ホイッスルが鳴り、斎藤くんがゆっくり助走してきます。右か、左か。斎藤くんが蹴ってから動いてもじゅうぶん間に合います、たぶん。
どっちや、どっち……と考えているうちに、ズバン! という音とともにボールがゴール右上に吸い込まれていました。え? は、速すぎ……。先生のキックよりずっと速い! まったく反応できませんでした。
「斎藤くん、PK一回目成功です!」
雨森さんの声とともに、キャー、という黄色い声援が客席から飛びます。斎藤くんのファンの女子でしょうか。
斎藤くんのキックがあんなに強いのは予想外でしたが、この結果自体は予想の範囲内。わたしは気を取り直して対局席に向かいました。
「それでは、ここから将棋ラウンドに入ります。二人とも、準備はいいですか?」
席に着き、駒を並べ終えたわたしと斎藤くんが雨森さんに目で合図をすると、
「では、対局開始です」
わたしと斎藤くんはお互いに「おねがいします」と礼をしました。先手はわたしです。
一手につき制限時間は一分。放送席の脇に立っている赤尾先生がしっかりストップウォッチで計ってくれていて、制限時間が一〇秒を切るとカウントダウンしてくれることになっています。とはいえ最初の手は決めていますから、頭を悩ませることもありません。
わたしが駒を取り、パチンとその位置に指すと、
「先手、7六歩」
浅倉さんが読み上げてくれました。間を置かずに斎藤くんが指します。
「後手、8四歩」
なるほど。すぐに妥当な手を指すあたり、しっかり浅倉さんに教えてもらっているようです。序盤、わたしはいつも通り飛車を動かし四間飛車の形を作りました。
対して斎藤くんは飛車を動かさず、玉を自分から見て左に移動させています。あとはその玉の周りに駒を持ってきて、守りを固めるつもりなのでしょう。
やっぱり、そう来るんやな。
わたしは一度深呼吸をして、歩を右手に取りました。
今こそ、勉強の成果を見せるときや!
「! せ、先手、1五歩」
わたしの指した手を読み上げる浅倉さんの声が動揺しているのがわかりました。
「おお、これは……」
要さんも声を出しています。
二人の顔を見たい、と思ってしまいましたが、今は集中集中。
「浅倉四段、どうされたんですか」
「ええと、そうですね。ではこのあたりで簡単に解説しましょうか」
要さんの反応を疑問に思った雨森さんに答える形で、解説が始まりました。
「縦と横にどこまでも動ける飛車が最強の駒なわけですが、その飛車の使い方で将棋の戦法は大きく二つに分けることができます。最初の位置から動かさないのが『居飛車』、左方向に振るのが『振り飛車』。斎藤くんは居飛車ということですね」
「はい」
「そして今の状況を見ますと、斎藤くんは王様を左へ動かして、その周囲を他の駒で固めようとしていますね。将棋は王様を取られたら負けですから、もちろん厚い壁を作ると負けにくいわけです。斎藤くんが目指そうとしている囲い方を『
「あなぐま、ですか。熊がなにか関係あるんですか」
「ええ。冬眠する熊が穴の奥深くにもぐる様子からそう言うようになったそうですよ。この囲いが完成してしまうと攻める側は苦労するわけですが……振り飛車の朝井さんは、王様を一切動かしていないのがわかりますか?」
「ええ」
「これを
雨森さんが「藤井システム?」とおうむ返しすると要さんは少し笑って、
「藤井さんという棋士が編み出したので藤井システムです。そういうことがあるんですよ、将棋の世界では。もしぼくがなにか新しい戦法を生み出せば『浅倉スペシャル』ですね」
客席から笑い声が聞こえました。が、こっちはそれどころではないです。
浅倉さんは本気で勝ちにくる。
となると、なにも将棋で勝つことにはこだわらないはず。将棋では固く守って勝負を急がず、斎藤くんが確実に有利なPKのほうで決着をつけようとする。
そう考えたわたしは戦法について調べて、振り飛車の天敵とも呼ばれる居飛車穴熊を知りました。わたしが四間飛車で指すことは浅倉さんも知っている以上、この戦法を斎藤くんに教え込むでしょう。
そして今度はその対策を調べた末に行き当たったのが、藤井システムでした。
藤井システムは、初心者が指しこなすのはむずかしいと言われています。本とインターネットで勉強し、お父さんに付き合ってもらって実戦の練習はしましたが、しょせんは付け焼刃。相手の斎藤くんも付け焼刃とはいえ、これで勝てるんでしょうか。
不安な心をおさえながら、わたしは要さんが解説している間もひたすら攻め続けました。
「三〇手終了です。次はPKの二回目になります」
斎藤くんが指したところで、またPKに移ります。盤の上では、斎藤くんの玉は左すみっこまで移動して壁を築きつつありますが、わたしもそこを崩そうとしています。
最短、PKの三回目で負けてしまう可能性がある以上、それより先に六〇手以内で勝ちたい……!
PK戦の二回目はさんざんでした。まずわたしの番では、一回目がゴールの枠外に飛んで行ったことを反省して、とにかく枠に入れることを意識して蹴ったんです。その結果、ひょろひょろシュートが斎藤くんの目の前に飛び、あっさりキャッチされました……。
続いて斎藤くんが蹴る番になり、わたしは守りに集中しました。冷静に動きを観察だ、観察……って、一回目より助走のスピードが速い! あわわ、どっちでもいいから蹴られる前に動かないと!
と、あわてて左に飛んでみました。偶然にもボールも左に飛んできたので、手を伸ばせば止められるかな、と思ったんですが……。ボールは無情にもわたしの手よりずいぶん上に伸び、そのままゴールネットに突き刺さりました。
地面に転がったわたしが振り返って斎藤くんを見ると、彼はホッとしたような顔をしていました。
あとは六〇手まで守り切れば、その次のPKで勝てる。そう考えているのかもしれません、彼も、その背後にいる浅倉さんも。
わたしは立ち上がり、放送席に座ってじっとこちらを見ているお姫様を見つめ返しました。そう思い通りにはいきませんからね!
わたしが指す三一手目から将棋が再開されました。そろそろ中盤、本格的に駒の取り合いが始まります。
わたしはガンガン攻めて壁になっている斎藤くんの駒をうばい、その駒を前線に投入してまた攻める。斎藤くんは負けじとわたしの駒を取り、それを使ってまた受ける。
激しく戦う中で斎藤くんが玉を守る壁は薄くなってきましたが、どうにも決め手に欠けます。
ここはぴょーん、と飛び越して攻めることができる
「残り一〇秒です。九、八……」
ひええ! 赤尾先生のカウントダウンが始まり、わたしはあわてました。
やっぱり一手指すまでの時間が一分しかないのはきついです。じっくり考えればベストな手が浮かぶかもしれないのに、そんな時間がないんです。仕方なく、無難な手で攻めることになりました。どうにかして六〇手以内で勝ちたい。そのためには大胆に攻めたほうが良い。
しかし、将棋は悪い手を一度指すと一気に形勢が逆転してしまうゲームです。ここは慎重に行くしかありませんでした。
その結果、縦と斜めの二方向から斎藤くんの玉を追い詰めたところで、六〇手目を迎えることになってしまいました。
くやしいですが、大きなミスをせずにわたしの攻めを受け続けた斎藤くんががんばったということです。斎藤くんは気が抜けたようで、少し笑顔を見せました。
くっそう、次の三〇手以内には確実に勝てるのに、このままだとPKで負けてしまう!
ここまでの二回と同じようにわたしがPKを外して斎藤くんが決めれば、将棋盤の前に戻ることなく勝負がついてしまいます。そして、その可能性はかなり高い。
わたしは暗い気持ちでボールを手に取りましたが、すぐに切り替えました。
きびしい状況をまっすぐ見たうえで、それを変える手を考える。そのために頭を使わなあかん!
一回目は強く蹴ることを意識しすぎて枠の外に飛んでいきました。二回目は逆に枠の中に入れることばかり考えて勢いがなくなりました。一回目のキックの感覚を少し修正する感じでいきましょう。
そう決めたわたしはゆっくり助走をして、ゴール左をねらって脚を振り抜きました。ボールはかなりのスピードで枠の中へ飛んでいきます。
良い感じ! と思ったのも一瞬でした。
「止めたー! 斎藤くん止めました!」
ボールは、ジャンプした斎藤くんの拳で弾き飛ばされていました。同時に、キャーという歓声があがります。
「朝井さん、おしかったですがPK三回目も失敗です! もう後がありません!」
雨森さんの実況がお客さんを盛り上げます。
立ち上がってボールを抱えた斎藤くんが、こちらへやってきました。わたしもすぐにゴールへと向かいます。
「次で決めるからな」
すれちがいざまに斎藤くんがそんなことを言ってきましたが、わたしは言い返しませんでした。
止めてやれば、それでいいんです。ここで決められると負けるわたしもプレッシャーはかかっていますが、彼もここで外せば次の将棋で確実に負け。緊張しているのはお互い様なんですから。
わたしはゴール前に移動すると、斎藤くんをよく観察することにしました。
この将棋&PK戦が普通のPK戦とちがっているのは、一回ごとにキッカーが変わらず、ずっと一人が蹴るという点です。つまり後半になればなるほど、それまでのキックを参考にしてキッカーのクセを見破るチャンスもあるということです。
しかし斎藤くんはゆっくり考える余裕なんか与えてくれず、すぐに助走を始めます。
ふと、彼の助走がゆっくりしていることにわたしは気が付きました。この助走スピードは一回目のキックと同じ。一回目はゆっくりした助走で右側に蹴ってきましたし、二回目は速い助走から左へ蹴ってきました。
となると、ここは右! 自信は無いけど、一か八かそれにかけてみるしかない!
瞬間的にそう決めたわたしは、斎藤くんが蹴る寸前で思いきり右へ飛びました。すぐに彼が蹴ったボールがこちらへ向かってきます。
やった当たった!
あとは体全体を使って、なんでもいいからボールを止めな、止めな、止めな……!
ああ、ボールが目の前に飛んでくる。目の前に目の前に目の前に!
ものすごい衝撃を顔面に感じた後、わたしは地面に倒れ込みました。
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