第92話 男装女子は、求婚と同時に脅迫される
実際。
息は止まったと思う。
「オリビア」
お父様に呼びかけられた途端、「はう」と口から息が漏れる。「ちょっと、大丈夫」。お父様が苦笑し、私の顔を覗きこんだ。
「……大丈夫じゃない」
私は首を横に振る。お父様は可笑しそうに笑うと、跪いたままのアルと交互に視線を向けた。
「で、返事は? アル坊ちゃんが待ってるけど」
お父様に促された。
「返事って……」
私は眉根を寄せ、腰を若干曲げるようにしてアルを見降ろす。
「これ、何かの冗談? ちょっと、やめてよ」
「冗談なら、もっと笑えることする」
アルは私よりも眉根を寄せてにらみ上げる。
「冗談で、侍従団連れて幼馴染の家に押しかけるか」
「じゃあ、なによ」
「だから、求婚してんだよっ」
イライラしたように怒鳴られる。私の隣ではお父様が、くつくつと笑っていて、アルがいたたまれなくなったのか真っ赤になって私にぶっきらぼうに言う。
「返事はっ」
「返事って……」
私はお父様の顔を見、それから振り返って二階の廊下にいるお母様を見る。お母様はなんだか乙女の顔で「きゃあ」と言っていた。いや、こんな武装集団連れてきての、脅迫じみた求婚を見て、何が「きゃあ」なのかわからない。
「だって、私、婿養子とらなきゃ……」
お父様にそう言うと、顔をしかめられた。
「何度も言ってるだろう? いらない、いらない。家を出たらいいよ。君の好きにすればいい」
「いや、でも……」
そうはいかない。ずらりと居並ぶ階下の侍従団の背後には、幾人かのうちの執事や侍女、メイドの姿が見える。私がこの家を出て、お取り潰しにでもなったら彼らはどうなるのだ。
「ただね」
お父様は私からするりと手を離すと、階段の手すりに凭れ、アルと侍従団を一瞥する。
「君がこの結婚を本気で拒むんなら、お父様がこの悪い男どもを退治してやるよ」
言うなり、「エミリー」と声を張る。玄関扉の脇に慎ましく立っていたエミリーは一礼するや否や、音を立てて玄関を施錠した。ぎょっとしたように最後尾の侍従が振り返って立ち上がる。
「えーっと……。約三〇人? 全く、数で圧してくるなんて卑怯な奴らだ」
お父様は立てた人差し指で侍従たちを数え、嬉しそうに私に言った。
「この申し出をなかったことにするために、事情を知る人間たちを『消して』やってもいいよ。そうだな、数分あれば、この事実を知る人間は我が家の者以外、いなくなるな。どうする?」
佩刀の柄に手をかけ、お父様が私に尋ねる。階上からは、「まぁ、ウィリアム様。男らしくて素敵」とお母様が黄色い声を上げた。私は唖然と呟く。「消す」って……。
「そんなことして、ユリウス様になんてお知らせするのよ!」
慌ててそう言うと、「大丈夫。アルフレッド坊ちゃんは殺さないから」とけろりとした顔で答えられた。どよめいたのは侍従団だ。立ち上がり、慌てて腰の剣に手をかける者までいる。そんな中でカラムは蒼白になり、今にも卒倒しそうな顔をしているのが見えた。
「アル坊ちゃんの求婚を断る? どうする? 断るんなら、あいつら殺すけど」
お父様が佩剣をちらつかせながら私に言う。
多分、お父様は、私を脅迫している。
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