第84話 女装男子が隠していたこと
「早く行けっ」
再度アルに背を押された。ヒールを履いた足が揺らめく。
途端に。
男の一人が、私の動きにつられて反応した。
男達に先んじて一人、剣を振りかぶってアルの間合いに入るのが見える。
アルはさらに間合いを自ら詰めた。
まさか、抜刀した相手に素手で踏み込んでくるとは思わなかったらしい。男の動きがほんの数秒止まる。そこを、アルは捕らえた。
相手の額辺りでゆらぐ柄に、手を伸ばす。
柄を握る男の手首を握ると、強引に引き降ろし、曲がらない方向にひねり上げる。男が悲鳴をあげ、剣を取り落とすと、その剣が地面に落ちると同時に草むらの方に蹴りやり、男の左手小指だけ握って、掌と反対側にあっさり曲げた。
男が絶叫し、地面に蹲る。
私はその声に驚いて、さらに距離を置いた。
つりこまれるように、また男の一人がアルの間合いに入ろうとする。
どうやら。
私は人を呼ぶと同時に、アルの囮として利用できるようだ。
気付くと同時に、広間に向かってかけた。
駆け続けた。
もう、振り返りはしなかった。
その時間が正直惜しかった。
アルが、アレクシア様から体術を教えてもらっているとは思わなかった。
あの夜の街で、アルがあの体術を使うのを見たのが初めてだ。
武器を操作する格闘技が苦手だと言うことは知っていた。アルが、『自分の体より距離が増えるから、間合いが分からない』といつもぶつぶつ言っていたからだ。
『じゃあ、何なら得意なのよ』。私はいつもそう言ってからかい、アルはむっつりと押し黙るだけだったからだ。
何故、私に教えてくれなかったのか。
素手の格闘技が得意なのだ、と。『それならお前には負けない』。アルなら絶対そう言うのに。
そう思い、ふと気付く。
私より強い、ということは。
私の護衛が、いらない、ということだからだ。
アルは。
私にからかわれてでも、それを隠して。
私に側にいてほしかったんだ、と。
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