第85話 女装男子を、助けるために
私は頭を横に振る。イヤリングが頬を叩いた。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
アルの格技の力量がどれだけのものなのかは知らないし、あんな武術は初めて見るからわからない。
だけど。
想定外の戦い方をする相手には、不用意に攻撃できないことも知っている。
多分、男達はアルに攻撃することを躊躇っているはずだ。
なにをするかわからない。
そんな相手は、戦いの場ではかなり怖い。
だから。
私のすべきことは一つだ。
この隙に、広間に行って人を呼ぶ。
お父様を呼ぶ。
私は、ドレスを掴み、走る。
いつ脱いだのかは分からないけれど、気付けば裸足だった。足裏が痛い、なんて言ってられない。
素足で勝手知ったる領主館を駆ける。
口から短い呼吸音が漏れた。
幼い頃からアルと共に遊びつくした館を走る。
庭を走っているときは人目も無かったが、窓越しに廊下に飛び込み、広間に向けて息を切らしながら突き進むと、行き交う執事やメイドが目を丸くして私を見送るが、歩くつもりも何か一言声をかけることもしない。
ましてや、足なんて止めるもんか。
とにかく、広間へ。
誰か。
誰かを。アルのところへ。
息の合間に。
呼吸をする合間に。
アルの名を心の中で呼んだ。
心臓が体中に血液を送る、その一拍の間に。
無事でいて、無事でいて、と願った。
アルを傷つけないで、と。
「どいて!」
広間の扉の前で衛兵と執事が爆走する私に向かって目を丸くしている。その二人を怒鳴りつけ、私は扉を押し入った。
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