第73話 誘惑だと思っていたのは、女装男子だけだった

 その時。

 ふと、アルが手を止める。


「コルセット外したとして、元に戻せるんだな? お前、おれが手伝うとしても、だ。元通りそのドレスが着れるのか?」


 おそるおそるという風にそうアルに問われ、はたと気づく。

 そうだ。

 脱いだとしても、また、あの会場に戻るために『着る』必要がある。


「………」

「答えろ、こら」


「…………………多分、大丈夫」

「多分じゃねぇ!!」


「ダメなら、アルの服を貸して! 男装して戻る!」

「どう説明をつける気だ! なんて言うんだ、ウィリアム卿に! ドレス着てた娘がいきなり男装してたらびっくりするだろっ」


「アルに手伝ってもらって、脱いだら着れなくなった、って……」

「おれの名前を出すなっ」

 アルに怒鳴られ、わぁ、と私はドレスのふくらみに突っ伏す。


「怒鳴りたいのはこっちよ! せっかく食べられると思ったのに!」

「泣きたいのはこっちだ、馬鹿野郎!」


 何故かアルまで怒っている。

 良く考えれば、そりゃ無理だ。

 ウエスト部分は二人がかりで締め上げたとしても、胸部分が無理。あれ、エミリーともう一人メイドに手伝ってもらった。胸がそんなにないものだから、背中から脇から必死で前に集めてきて、かつ、下から底上げした。ぎゅうぎゅうに。

 あれを、もう一度しろ、と言われても無理……。


「……菓子なら食えるんじゃねぇの?」

 突っ伏したままがっかり感に打ちのめされていたら、ぽつりとアルがそう言った。


 ゆるゆると顔を上げると、アルが二つ目の紙包を私に突き出している。遠慮なく手を伸ばし、座り直してから包みを広げる。


「……サンドイッチ……」

 紙包の中には、何種類かのクッキーが入っていた。思わず口からこぼれでたのは、「ありがとう」でも「おいしそう」でもなく、恨みがましい「サンドイッチ」だった。


「諦めろ」

 ばっさりとアルに言われ、私は渋々そのうちの一つを口に放り込む。

 甘い砂糖と、濃厚なバターの香りが口の中に広がって、一瞬眩暈がしそうなほどおいしかった。

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