第74話 女装男子は、男装女子の婿探しが気になる
「そっちはどうよ」
もう一つ食べたい、と紙包の中を覗き込んでいたら、アルに言われた。顔を上げると、アルがつまらなそうに私を見ている。
「食べる?」
そう尋ねると、「いらん」と返された。クッキーの話ではなかったらしい。
「どうよ、ってなにが」
「婿探しだよ」
暗くて良くわからないが、二つ目のクッキーにはチョコレートが練り込まれていたらしい。少し苦みがある甘さに、ようやく落ち着いた気分になる。
「運命をまだ感じられない」
もぐもぐとクッキーを咀嚼しながらそう答えると、「はぁ、何それ」と呆れられた。
「運命よ。お母様がお父様に感じたような」
私は言う。カンテラの橙色の灯を眺めながら、口の中に広がる甘みを愉しむ。
「ユリウス様がアレクシア様に感じたような、そんな運命の男性を私は探してるの」
「いたのか?」
「正直、みんな一緒に見えるのよね」
私は三つ目のクッキーを口に放り込み、アルに顔を向ける。アルは私の方を見ずに、だらしなく足を延ばしたまま、小さく笑った。
「一緒って、なんだよ」
壁に凭れ、アルはカンテラを見ている。その白い頬が柔らかな色に染まって、いつもと違う表情のようだ。
「私より年上だからこう、みんな話も上手だしね。優しいし。お父様のことは褒めるし、私のことも、尊重してくれるし」
へぇ、とアルはつまらなそうに相槌を打った。
「そしたらみんな、一緒に見えるのよ。特にこれといった特徴がないって、いうかさ」
私は口をへの字に曲げた。
「エミリーに言われて、『リスト五〇』も作ってみたけど、ぴったり当てはまる人はいないしね」
「『リスト五〇』ってなんだよ」
アルが不思議そうに私に尋ねるから、説明をする。
「運命の男性と出会うために、自分が理想とする項目を五〇上げるんだって。で、それを覚えてね、合致する人を探すの」
めんどくせー、とアルは言ったあと、私を見る。
「その項目、例えばどんなのがあるんだ?」
私は紙包を床に丁寧に置き、指を折った。
「わがままじゃない、次男か三男、私より剣術が優れている、婿養子に来てくれる、姉妹がいる」
つらつらと数え上げて行ったら、途中で「もういい」と不機嫌そうに言われた。
「それ、なに。おれへのあてつけ?」
青い瞳を細めてそんなことを言うから、おもわずきょとんとその目を見返す。
「なんでよ」
「全部、おれの正反対じゃねぇか」
言われて首を傾げた。そうだろうか。今度は、最初の項目から折った指を跳ね上げて思い返す。
思い返して。
噴き出した。「確かにそうかも」。そう言って笑うと、軽く肩を小突かれる。
「笑い事じゃねぇ」
むすっとしたままアルはそう言い、膝を抱えて座りなおした。
「アルは? あの伯爵令嬢のどっちかが運命の女性なの?」
立てた膝の上に顎をのせ、面白くもなさそうにカンテラを眺めているアルに私は声をかける。「はぁ?」とすぐに馬鹿にしたような返事が来た。
「向こうが挨拶に来るから、挨拶しただけだろ。『お綺麗ですね』、『そのドレスが良くお似合いだ』、『こんな方とお話が出来て今日は良い一日となりました』なんて、社交辞令を言っただけ」
ぶつぶつとアルは吐き捨てたものの、私は目を丸くする。そうか。あのフロア中央では、そんな会話が為されていたのか。
そう思い。
なんだか私は面白くない。
その言葉、社交辞令と言う割には、私には一度も言わなかったじゃないか、と。
がさつな女、とは言われた覚えがあるが、『綺麗』なんて、一度もない。
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