第72話 女装男子は誘惑を受ける

「……腹、減ってないか?」

 しばらく黙った後、突然アルがそんなことを言う。私はがばりと上半身を起こした。コルセットとクリノリンのせいで、機械仕掛けみたいな動きになり、アルが若干怯える。


「減ってる!」

 明確に答えると、アルは座ったまま腕を伸ばした。紙包みを二つ、私の方に差し出してくる。


「狩りの時も、全然食べてなかったから」

 そう言って差し出す紙包を受け取り、中を開いて私は呻いた。

「サンドイッチは無理―!」

 一つ目の紙包みは、サンドイッチだった。食べたい。だけど、多分、喉から胃に落ちない。落ちたとしても、消化できない。


 そう思った途端、無性にこのコルセットとワイヤーに腹が立ってきた。


「アル!」

 私は膝立ちになり、驚いたアルに背を向ける。


「ドレスの後ろ外してっ! フックがあるから、取って! コルセット緩めて食べるから!」

「はぁ!?」

 途端に素っ頓狂な声が背後で上がる。だけど私は無視した。猛烈にあのサンドイッチが食べたい。膝立ちになったまま、両手を後ろに回し、なんとかフックで留めているドレスの衣装を脱ごうともがく。


「ドレス脱いで、コルセット緩めるからっ! 手伝って!」

「ふざけんな、お前! やめろっ」

 背中に回した腕をばちり、とアルにはたかれる。


「なにすんのよっ」

 振り返って怒ると、アルが真っ赤になって怒っていた。


「こんなところでお前……っ。こんな暗くて人気ないところで……っ」

「だからいいじゃないっ。人目が合ったら、コルセットとれないっ」


「違うっ! お前になんかしたら……。違うっ。なんかあったらどうすんだっ!」

「何もないわよっ! 現状、私はサンドイッチが食べたい!」


「危機感を持て!」

「危機的飢餓状況よ!」


 怒鳴り合っていたものの、アルは相変わらず赤い顔で私を睨みつけている。

たがいに唸り声さえあげそうな顔でにらみ合っていたら、不意にぼそりと尋ねられた。


「脱がせていいんだな?」

 アルが真剣な顔で私に言う。なんとなくその気配におされ、私は膝立ちのまま身を反らせた。「フック外して、ドレスを脱がせていいんだな」。そう確認される。


「……脱がないと、コルセットはずせないもん」

 言い訳がましくそう言うと、「後悔するなよ」と、アルが私に手を伸ばしてきた。

 肩に手をかけ、私に後ろを向かせて、アルがドレスのフックに指をかける気配がした。

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