第71話 女装男子は、目下侍従団の扱いに悩む

「一ヶ月ぐらいかな」

 私はアルを見るために横を向く。


 存外。

 近くにアルの顔が合って、びっくりした。


 ちょっと私が動けば、アルの肩と私の肩がぶつかりそうだ。

 深く青い瞳が、私を見ていて、その視線がやけに真剣で、私は目を瞬かせた。


「……なんか、私のいない間に、カラムが大変な目にあってるらしいじゃない」

 アルの視線から逸らす口実のように軽口をたたき、私はにこりと笑う。


「侍従団の貴族たち、良さ気な人ばっかりなのに、不満があるの?」

「みんなが、おれに言うんだよ」

 ぶすっとした声に、私はそっとまた視線を彼に戻す。アルは二人のちょうど中間ぐらいにおいたカンテラの灯をみながら、わずかに口を尖らせた。


「アルフレッド殿下、アルフレッド殿下ぁ、って」

「そりゃ言うでしょ」

 思わず吹き出す。いつものアルの表情を見て、ほっとしたせいもあった。


「違うんだよ。みんながおれの機嫌を一番に取ろうと、うっとうしいんだって」

 アルはこぶしを握り締め、私に向き直る。不意に動いたからか、私と彼の肩はぶつかったけれど、アルは気にしていない。


「ある意味さぁ。父上は良いんだよ、ウィリアム卿がいるから」

「……お父様?」

 私が首をかしげると、アルは大きく首を縦に振る。


「ウィリアム卿以上に父上の信頼を勝ち得る家臣なんていないじゃないか」

 そう断言されて、曖昧に頷く。そう、かな。

「そしたらさ。序列ってこう、なんとなく決まるんだよ。一番はウィリアム卿。で、その下は……、って」

 アルはよっぽど不満がたまっているのか、怒涛のように私に話す。


「おまけに父上は、分野別に一番信頼している人間、ってのを明確にするからさ、誰が見てもよくわかるんだよなぁ! ウィリアム卿もうまいことその辺の人間関係調整するし」

 アルはそう言うと、わしわしと、せっかくきれいに手入れされた長髪を掻きむしる。


「おれんところの侍従団、結成されてまだ日が浅いから、序列争いすごいんだって! もう、誰もかれもが、おれの一番になろうとして、アピールがうざいっ」

「でも、団長っているんじゃないの? 騎士団でもそうだけど、侍従団にもあるでしょ」

 私が不思議に思って尋ねると、アルが鋭くにらむ。


「年齢と身分と親のコネとを慮って団長に任命された奴だから、正直あてにならん。おまけに、その団長がいないときに、副団長が団長の悪口をおれに言いにくるし、副団長と団長がいなければ、ほかの侍従たちが告げ口にくるし……」

 私は思わず吹き出し、「そりゃ大変だ」と笑う。


「カラムだけが上手いことやるんだよ、あいつ! カラムがいなきゃ、おれ発狂してたかも」

 なるほど。カラムはもともと楽団出身だし。大人数の中での調整というのが上手いのかもしれない。ちらりと見た限りでは侍従の中でも年長の部類にあたるし、そつなくこなし、アルに入れるべき情報の取捨選択もしてくれているのだろう。


「ユリウス様に相談したら? お父様とか」

 私がそう言うと、途端に口を閉じた。「なに」。そう促すと、私に向けていた体を再び前に戻し、どすりと壁に背を凭れさせる。


「いやだ」

 ぼそりとそう答えるから、「なんで」と尋ねると、「そんなこともできないのか、って思われたくない」と言われた。

「……じゃあ、もうちょっと頑張ってみたら?」

 私が笑うと、「うるせぇ」と唸られる。結局、頑張ることは頑張るのだ。


「お前、傷は?」

 ぶっきらぼうに今度は私に尋ねる。


「見舞いに行けなくて悪かったな。母上には『邪魔になるから行くな』って言われるし、門兵の警備はきつくなるし、侍従のことで発狂しそうだしで……」

 アルは珍しく言い訳じみたことを私に言った。

「治ったよ」

 できるだけ明るくそう答える。座る位置も直しながら、もぞもぞと動いていたら、アルが言った。


「だったら、また領主館に戻ってこいよ」

「それは無理」

 私は笑う。

「だってもう、アルには侍従団ついてるし。私は婿を探さなきゃいけないし」

 戻る必要ないでしょ。その語尾は心の中だけで呟いた。

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