第65話 女装男子は、代替わりの時期に来ている
アルと会話をしないまま、もう一ヶ月が経とうとしている。
馬を駆って森に入るアルの姿を見ていたら、無性に侍従団と言う奴らに憎しみを覚えた。本来なら、アルの隣にいるのは私なのに、と。
『あの侍従団から婿を探すのが一番かと思いますよ』
それなのに、エミリーからそう言われ、愕然とする。こんなに憎いのに、あの中から探せ、と。
『血筋も、顔立ちも申し分ありませんしね。あの侍従団の中で、さらに次男、三男となりますと……』
エミリーはつらつらと名前を告げ始め、私は名前を覚えるのが精一杯で顔までついていかない。すべてが初めて聞く名前だ、と思っていたら、それもそうだ。私が領主館で顔を合わせ、付き合いがあるのはあの侍従団の父親連中なのだ。
侍従団披露、ということは。
つまりは。
代替わりの披露でもあるのだ。
変化するのは私だけじゃない。アルだって、立場がどんどん変わってくる。
『……ということで、どなたがお気に召しましたか?』
アルが牡鹿をしとめて森から帰る頃に、エミリーにそう言われ、私はぐったりと『どれでもいい』と返事をしたところだった。
「オリビア様は何もせずとも、きっとどなたかがお声をかけてくださるでしょう」
うううう、と機嫌の悪い犬並みに呻きながら私が壁から体を離すと、エミリーがそう言う。
「……どうして」
「ウィリアム卿のたった一人のご息女だからですよ。オリビア様を射止めれば、ウィリアム卿の跡継ぎとなれます」
エミリーは慎ましく私の側に控えながら、淡々とそう言う。
「ですからね。オリビア様は選ぶ立場なのです。どん、と構えていてください」
エミリーは表情の乏しい顔で私にそう言うが、目力強く私を見る。
「逆に、変な男にひっかからないように。そのことだけが真剣に私は心配です」
「変な男って……」
私は背を反らしながらエミリーを見る。逆にエミリーはずい、と一歩私に近づいた。
「顔だけ、口だけ、理想だけ。そんな男はすべて却下です」
エミリーが顔を私に近づけて言う。私は勢いに飲まれてがくがくと首を縦に振った。
「家柄、年齢、容姿、そして次男か三男か。そこを重要視してください」
そして、とエミリーは続ける。
「わたくしが先日来ご提案しております、『リスト五〇』を決してお忘れなきよう」
「わかった……」
私は頷く。
エミリーの言う『リスト五〇』というのは、理想の男性を間違いなく見つけるためのものだ。
『運命の相手って、どうやって探すのかな』
舞踏会への参加が決まった時、エミリーに何気なくそう尋ねると、「オリビアお嬢様が理想とする男性の項目を五〇ほどあげて、紙にお書きください」と言われた。
おもしろそうだ、と五〇書き連ねると、「毎日その紙を何度も何度も見返すのです。もう、暗記するぐらい。そうしたら、その項目にぴったりの男性しか目に入らなくなります。それ、すなわち、『運命の男性』『理想の男性』です」と言われ、目からうろこが落ちた。
「あのリストどおりの男を探すわ」
そう返事をすると、エミリーは満足したように一つ頷くと、ざっと私の姿に視線を走らせる。
今日は、エミリーチョイスの淡い黄色のドレスだ。なんでも、お母様は同じ色のドレスでお父様との婚約を勝ち取った、とかで験担ぎの為に着せられた。クリノリンの入ったふわふわしたドレスで、腰の後ろに大きなリボンがついている。足はヒールだし、腰はコルセットがぎちぎちに締め上げていた。ある意味、拷問だ。ヒールのせいでつま先は痛く、コルセットのせいで呼吸は浅くなる。目覚めた瞬間からコルセットで締め上げられたせいで、お腹がすいているのに、物を食べても胃に落ちていかない。昼間もおいしそうなサンドイッチだのクッキーだのマフィンだのがティーセット皿に乗っていて、食べたいのに食べられなかった。
早く脱ぎたい。早く解放されたい。
そう思うのに。
「……もう少し、余裕がありそうですね。コルセット、締めますか?」
「無理っ!!!」
私が慄いて答えたときだ。
室内の、扉が開いた。
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