第64話 女装男子は、侍従団を持つ

 天蓋のついた屋外テントのようなところに淑女は集められ、笑いさざめきながら目の前のフィールドにいる『狩り』参加者を眺める。お茶だのお菓子だのの並んだテーブルを前にして、ただ椅子に座っているだけだ。


 今日は、鹿を森から追うらしい。

 鹿かぁ、とテンションが上がったものの、フィールドから馬を駆って殿方が森に入ってしまったら、何も見えない。良く考えたらそうだ。一緒に馬に乗ってついて行くわけではないのだから。


 その間、さっきまでいた殿方の品評会が始まる。皆、はっきりと「〇〇のご子息は私が狩ります」とは言わない。互いに手の内を探りあいながら、「おほほほ」と笑って紅茶を飲む。


 鹿はどうなった。今日の獲物は他に何がいるんだ。鷹は使うのか、と気にしているのは私だけで、他の淑女たちとは思考自体が全く別らしい。


 ユリウス様とアレクシア様は、別の天蓋にいらっしゃるようだ。

 遠目からちらりと見えて、私が目礼をすると、気さくに返してくださった。お父様はその二人の背後に控えている。


 呪詛、という訳のわからない、目に見えないモノからどうやってユリウス様を守るのか。正直お父様も苦笑しておられるけれど、ユリウス様を『害』そうとする奴がいることは確かで。

 この狩りとその後の舞踏会には、少し緊張した雰囲気がある。

 本当は、『延期』も検討されたらしいけど、アルの侍従団のお披露目、と言うことも兼ね、また、そんな得体の知れないモノには屈しない、という意味も含めての開催なのだそうだ。


 会場を見回すと、領内の商人や、外国の貿易商も多い。狩りに参加するのではなく、皆、おしゃべりをしながら情報交換に余念がない。


 そんな中。

 アルも、『狩り』にはちゃんと参加していて、馬に乗っているのは見た。

 アルがお気に入りの、毛並みが美しい栗色の馬に乗り、侍従団に囲まれてにこやかにフィールドにいるのが見えた。穏やかに微笑み、侍従団の青年ひとりひとりの話しに耳を傾けている。


 目が合ったような気がしたけれど、とにかく遠い上に、あっちは動いているし、こっちは椅子に坐りっぱなしだし、で接点が無い。


 森に入る前に、馬を回して天蓋近くに来てくれたのだけど、伯爵令嬢2名が素早く立ち上がって寄って行ったものだから、話もできない。


『アルフレッド様は素敵だ』だの、『いまだ決まった方はいらっしゃらない』だの話ばかりは聞こえてくるけれど、当の本人とは全く会話が出来なかった。結局天蓋の側にアルが滞在中、伯爵令嬢二名と話しをしたただけだったから、『あのお二人のうち、どちからかが花嫁候補』という噂までテント内には立っていた。

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