第33話 女装男子は、怒りを覚える

「私は商人です。貴族ではない。このルクトニア領では自由に発言も出来ますし、金があれば貴族並みの生活も送れます。だけど、ルクトニアを出れば別だ。私達より貧乏でなんの力もない貴族達から馬鹿にされ、蔑まれ、不当に金をむしりとられることもある」

 落ち窪んだ彼の目で、私は射すくめられた。


「娘にも、スターラインのお嬢様のような暮らしをさせてやりたかった」

 じっとりと見つめられ、私は視線をそらせない。

「ウィリアム様が武勲を立てられ、ユリウス様の信頼が篤いのもよく知っておりますよ。だけど、あの人はもとを正せば平民だ。私達と一緒だ」

 ベイカーさんは背を丸めた姿勢のまま、首だけ私の方に突き出した。


「その平民の子が、サザーランド伯爵のご令嬢と結婚し、出来たのがお嬢さんだ」

 ぐい、と顎をしゃくって突き放すように言われた。

「お嬢さんは生まれたときから貴族で。領主館を闊歩して。この国のどこに行っても、きっと雑な扱いなど受けないでしょう」

 平民の子のくせに。ベイカーさんの口はそう動いたが、音としては発音されなかった。


「ベイカー」

 低いアルの声が隣で響き、その音波が私の体を震えさせた。

 気付けば、息まで止めてベイカーさんを凝視していたらしい。私は短い呼吸を繰り返し、アルを見上げた。


「父の忠臣であるウィリアム卿の品位を貶めるような発言は控えよ。その子、オリビアも同じだ」

 アルは海のように深い青の目で、冷然とベイカーさんを見据えていた。

 さっきまでの、年上に対する配慮や、娘を亡くした父への同情に満ちた視線など微塵もない。


「失礼いたしました」

 ベイカーさんは丸めた背を更に縮める。頭を下げ、うな垂れ。

 そして、不意に笑い出した。


「ほら。これですよ」

 ベイカーさんは肩を笑いで揺すりながら顔を起こし、私を見る。


「貴族の血を引くだけで。そして、貴族の仲間入りするだけで、貴女は守られてるんだ。自由なままでいられる。私は、発言すら許されないのにね」

 ベイカーさんは喉の奥で、ぐふぐふと笑い声を洩らしながら、私に言う。


「私はね。キャロルにそんな生活をさせたかったんですよ。あなたみたいなね」

「結果、貴殿が娘にしたのは、なんだ?」

 私を見つめるベイカーさんの視線を断つような言葉を、アルは滑り込ませてきた。


「貴殿がしたのは、貴族と言う肩書きに目がくらみ、良く知りもしない男の餌食にさせただけではないか」

 アルの硬質な声は、したたかにベイカーさんの心を打ったように見えた。「アル」。小声で私は彼に声をかけるが、アルはベイカーさんから目をそらさない。


「ウィリアム卿は、武でもって父に仕えた。勇でもって父を支えた。その情でもって、シャーロット嬢の心を勝ち得たのだ。ウィリアム卿の爵位が他人を屈服させるのではない。その行為と思慮が、人を敬服させるのだ」

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