第34話 女装男子は、男装女子に窘められる

 アルの言葉を聞いていたベイカーさんの頭が次第にまた、下がっていく。だが、アルは容赦が無い。


「先ほどから聞いておれば、『キャロルにそんな生活をさせたかった』だの『スターラインのお嬢様のような暮らしを』と言っておるが」

 アルは醒めた声で言い放つ。


「そんな暮らしがしたかったのは、貴殿であろう。そのために、娘を使ったにすぎぬのに。記憶の改ざんも大概にせよ」

「殿下」

 私はアルの肘をとって揺すった。「もう結構です」。そう伝える。これ以上言えば、それこそ権力を使った一方的ないじめだ。


「貴殿がすべきことは、胸を張って己の仕事を誇ることではないのか? 少なくとも、キャロルは、貴殿のことを誇りに思っていた。『素晴らしいお父様』と常々彼女から聞いていた」

 アルは多少言葉を和らげ、ベイカーさんにそう伝える。ベイカーさんはうな垂れた顔のまま、目だけ上げてアルを見た。


「キャロルのことは本当に残念に思う。友人として、彼女を殺した犯人を必ず捕まえたいと思っている」

 アルは、ベイカーさんのほの暗い眼を見つめてそう言う。ベイカーさんは、何度か無言で頷いた後、深く頭を下げた。


「バチが当たったんです」

 やっぱり、ベイカーさんはそう言った。額に太腿がつくぐらい頭を下げた姿勢のまま、ベイカーさんは呻くように言う。


「私が、貴族なんかになりたがったから」

 嗚咽交じりのベイカーさんを、アルは斜交いに眺めた。まだ更に辛辣な言葉を吐くんじゃないかと冷や冷やしたが、背後から近づいてくる足音に私達は振り返る。


「殿下」

 優雅に一礼をしたのは、領主館の執事長だった。ユリウス様が幼少のみぎりより、お仕えしている、というから六〇は過ぎていると思うが、背筋もぴんと伸びた壮年の男性だ。


「アレクシア様とユリウス様がお呼びでございます」

 そう告げ、年の割にはしわのないつるんとした顔を私に向けた。

「オリビア様もご一緒に、と承っております」

 私は頷き、先に立って歩くアルの後を追う。ベイカーさんの前を去り際、躊躇った後に声をかけた。


「キャロルのお墓にまた、お参りさせていただきます」

 ベイカーさんは、ゆっくりと顔を上げた。


「友達でしたから」

 そう告げると、ベイカーさんは涙の残る目でうんうん、と頷いてくれた。

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