第23話 女装男子は、首飾りについて説明する

 空気の漏れたような声で私はアルに尋ねる。アルは腕を組み、少し尖り気味の顎をつまむようにして唸った。


『紋章官に聞いたんだ。ルクトニア領に、マクドネルという男爵はいるか、って。あのエメラルドの首飾りの右脇についていた銀細工を覚えてるか?』

『ああ。蔦みたいな……』

 呟く私に、アルは頷いた。


『銀細工に隠されていたけど、盾と翼のチャームが入ってた。紋章かな、と思って、尋ねてみたんだけど』

 アルは首を横に振る。束ねた長髪の金髪がその動きに合わせて揺れ、金砂をまいたような残像が宙に散る。


『そんな紋も、マクドネルという男爵家も少なくともルクトニア領には存在しない』

『……じゃあ』

 私は口をぱくぱくと開閉させる。


『じゃあ、誰がキャロルに首飾りを贈ったの?』

 アルはそのことには明確に答えず、私に深い青の双眸を向けた。


『キャロルは、もう一つ、不思議な事を言ってただろ』

『なに?』

『マクドネル男爵は、女性を探している。容姿指定の』

 そう言われて、はたと気づいた。そうだ。身分指定ならまだしも、容姿指定は珍しいな、とその時思ったのだ。


『ローラも、金髪で青い眼だった』

 断言するアルに私は戸惑う。


『何が言いたいの?』

『ローラの件と、キャロルの件は似てないか?』

 アルは廊下の壁に凭れ、正面に立つ私を見た。


『金髪、青い目の若い女性が、エメラルドの首飾りを贈られた直後、失踪。そして死亡』

『……関連性があるって言いたいの?』

 私が尋ねると、アルは頷く。私は呆れて首を横に振った。


『まだ、2件のサンプルしかないのよ。何ともいえないわ。首飾りだって、似ているけど違うものかもしれないじゃない』

『確かめないか?』

 アルはわずかに腰を屈め、私の顔を覗きこむ。


『何を』

 私は逆に背を反らせた。厭な予感がする。ついつい、顔が歪んだ。

『本当に、関連性があるのか、ないのか』

 アルがにやりと笑った。決して大人たちの前では見せない笑いだ。こいつの顔を見ていたら、天使と悪魔って、実はよく似ているんじゃないかと思う。


『……いやよ。また、危ないこと考えてるでしょ』

 私は腕組みをしてアルに言う。反らした背を戻し、鼻先がくっつきそうな距離で彼の深く青い瞳をにらみつけた。

『危ないことは止めてよ。私がお父様に叱られるし、アルだって、ユリウス様に叱られたくないでしょ?』

『……なんで、そこに父上の名前が出てくるわけ』

 途端に、アルが眉をひそめた。不貞腐れたような声に、私は目を瞬かせる。別に他意はない。なんとなく止めようと思って名前を拝借しただけだ。


『アレクシア様だって、きっと……』

『おれだってさ』

 アルは手を伸ばして私の肩を突く。私との距離を置くと、すっくと腰を伸ばし、私を見降ろす。

『なによ』

 私の言葉を遮ってまで何を言うのか、と警戒していたら。

 あの、甘く匂い立つような笑みを私に向かって浮かべて見せた。


『おれだって、金髪、青い目なんだよね』


 そうして。

 アルは、私を連れて夜の街にまた、『冒険』と称して徘徊を始めた。


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