2章 英姿颯爽

第21話 女装男子は、男装女子に叱られる

「私から手を離さないでっ」

 思わずアルを小声で叱責する。布の四隅を棒で立てただけの露店を覗こうとしたアルは、あからさまに不満そうに口を尖らせた。


「ちょっと見ただけじゃないか」

 どっちが年上か分かったもんじゃない。私はその様子に呆れてため息を吐く。


「いつもの外出とは違うんだからね」

 そう言って、アルに向かって右ひじを差し出す。アルはつまらなそうに鼻を鳴らすと、それでも素直に腕を組んだ。


 その、彼の胸元に光るのは、エメラルドの首飾りだ。

 大通りの両脇に並ぶ飲食店や宿屋の軒先に吊るされた数々のランプを光源に、目に鮮やかな若葉色に輝いている。


 アルは今日はドレスではなく、チュニックを着ているせいで、少し首飾りがアンバランスに見えやしないかと心配したが、喉仏を隠すために巻いた絹のショールや、金髪を結い上げる珊瑚の櫛などを総合すると、『遠方から旅行のために来た貴婦人が、ラフな格好で夜の街を見物に来ている』風に見える。

 そもそも、チュニックと言ったって、庶民が着るような素材ではないので、見る人が見れば、その『格』が知れるだろう。


「あの焼き栗、美味そうだな」

 私と腕を組んで歩きながらも、アルの視線は露店に向いているらしい。


「言葉遣い」

 私は短く指導する。女の格好をしているのに、口は相変わらず男言葉だ。


「はいはい、騎士見習い殿」

 うんざりしたようにアルは言う。言われて私は自分の姿を改めて見下ろした。


 騎士見習い。

 確かにその通りだと思う。

 丈の長いビロードの上着に、茶色のズボン。履きなれたスェードの長靴には、今日は金の拍車をつけている。髪の毛はぐるりと束ねて首の後ろ辺りでお団子にしているので、前から見れば短髪の少年に見えるだろう。


 ふと、思う。

 お父様が今の言葉を聞いたら、意外に喜ぶんじゃないだろうか、と。

 たったひとりの子どもなら、娘より、息子の方がよかったんじゃないだろうか、と。


「腹減ったなぁ」

 呑気なアルの言葉に、はたと我に返った。いかん、いかん。夜のせいか、どうも思考が暗くなる。私は首を横に振り、頭の奥にこびりつく考えを追い払った。


 そうだ。今日は警護も兼ねてるんだから、緊張感を持たねば。

「こうやって歩いてて……。本当にひっかかってくるかな」

 私は周囲に視線を彷徨わせながら隣のアルに尋ねる。


「くる、くる」

 アルはのんびりとそう言った。私が周囲を警戒して視線を向けているのに対し、こいつは完全に物見遊山だ。


「ローラがそうだった」

 アルはそう言った。

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