第20話 男装女子は、父親から「良い相手と結婚を」と言われる
「殿下は先ほど、アルフレッド坊ちゃんには君がいる、と言ってきたけど」
お父様はふぅ、と小さく息を吐いた。
「もうそろそろ、君にアルフレッド坊ちゃんの護衛は無理かな」
お父様は穏やかな笑みを口の端に浮かべて私に言う。
「どうして」
何故そんなことを言いだすのか、と目を丸くすると、お父様は視線をゆるやかにユリウス様たちの方に向けた。
「護衛は、何かあった時に、盾にならないと。守るべき人よりも小さいと、盾になれないだろう?」
「……じゃあ、もうこの領主館に来ちゃ駄目なの?」
胸にじわりと広がるのは、寂しさだった。お父様の言葉は水滴となり、私の心に波紋を広げる。小さな波紋は、だけど広がるにつれ、私の心を揺らした。
「私、剣術だって弓だって、アルより上手よ。ちゃんと守れるわ」
私はお父様を見上げ、それからユリウス様とアレクシア様を見た。
もう、お父様と一緒に仕事ができないことが悲しかったし、ユリウス様やアレクシア様に頻繁にお会いできないことが想像以上に悲しかった。
「護衛の件だけじゃないよ」
お父様は、私の頭を大きな手で撫でてくれる。
「オリビアは誰か良いお相手と結婚しなくちゃ。そしたら、遅かれ早かれ、アルフレッド坊ちゃんの側から離れないとね」
お父様が昔、『ユリウスの死刑執行人』と呼ばれていたことは知っている。当時を知る騎士たちは、いまでもお父様の姿を見ただけで怯えることも。
だけど。
今、私を見つめ、諭すように話してくれるお父様からはそんな姿は想像もつかない。
私は「そうね」とも言えず、ただ、下唇を噛んで視線をそらした。
その視界の先に。
会場をゆっくりと移動するキャロルの姿があった。
楽団の方に近づいているようだ。
若い女の子らしい、ふわふわとしたドレスを着、ハイヒールを履いて滑るように歩くキャロル。
あんな風に。
私もいずれ、この広間を歩くのだろうか。
アルの護衛として男装をしてここに立つのではなく。
誰かの妻として。
ドレスを着て、装飾品を身に着けて。
私はため息を吐く。
なんだか、想像がつかない。
顔を顰めた途端、不意にキャロルと目があった。
キャロルはわずかに手を上げ、私にだけわかるように振って見せる。私も笑顔を作り、手を振り返した。
この時。
ちゃんと彼女と話をしておけばよかった。
『私もいずれ、ドレスを着て誰かと歩くのかな』とか、『そもそも、ちゃんと結婚できると思う?』とか。
彼女がさっき語った話を、もっと真剣に聞いておくべきだった。
マクドネル男爵のこととか。
首飾りが送られた経緯とか。
彼女の理想の恋の話とか。
それはもう、永遠に聞けない。
その後。
彼女とのお茶会が開催されることはなかったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます