第12話 男装少女の、友人キャロルは貿易商の娘

 そう頭が思ったときには、腕がアルの顔に向かって伸びていた。


「この口かっ。この口が言うのかっ」

「こらっ。なにすんだ、馬鹿っ」

 口の端をつまんでひねってやろうとしたのに、間一髪で避けられた。顔を捻って避けるアルに、しつこく腕を伸ばしていたら、背後から名前を呼ばれて慌てて手を止める。


「オリビア」

 振り返ると、キャロルが立っていた。

「貴女、殿下に何を……」

 目を丸くして棒立ちになっているキャロルに、「違うのっ」と首と手を横に振る。


「顔にっ。顔にね。ゴミが。殿下がゴミ」

「誰がゴミだ」

 小さな声でアルに叱られる。


「ゴミがついてて、払って差し上げようと思ってね」

 私はアルに「ねー」と作り笑顔で話しかける。

「そうだね。ありがとう、オリビア」

 アルはアルで満面の営業スマイルで応じてくれた。あの、蕩けるような甘さの笑みだ。


「そういうことでしたか」

 キャロルはどこか安堵したようにアルに頷いて見せた。私のほうこそ、キャロル以上に安堵して彼女を見る。


 今日は、淡い桃色のドレスを着ていた。彼女の父親はルクトニアで貿易商をしている。貴族の位は持っていないが、名ばかりの下級貴族をしのぐほどの財力と人脈を持っているとお父様から聞いている。ユリウス様があまり身分を重視せず、能力を評価して登用するため、領主館にはいつもいろんな人間が集まっていた。

 金髪を今日は頭の上のほうで結い上げ、白いカーネーションをみっつほど飾っていた。カーネーションが大輪のせいで、彼女の顔が余計に小顔に見える。大きくデコルテの開いたドレスからは胸の谷間が見えそうで、なんだか今日は妙に大人っぽく見える。とても同い年とは思えない。


 その。

 胸の中央に飾られている首飾りに、自然に私は目が向いた。


「素敵ね、その首飾り」

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