第10話 男装女子の見合い話を潰すのは、女装男子だ
アルがまた。
女装をしても違和感がないほどに、綺麗なことに愕然とする。
提案された当初は、女装なんてしても滑稽なだけだ。バレて恥でもかけばいいと思ったのに。
連れて歩いても誰もアルを男だと思わない。……それと同じぐらい、誰も私を女だと思わないのだけれど。
それどころか、男から声をかけられる、かけられる。
良家の子女が、親の目を盗み、同い年ほどの侍従と二人、好奇心満々で街に来たように見えるらしい。好色そうな男が片っ端からアルに声をかけ、アルはそれを適当にいなして夜の街を闊歩する。
酔漢に襲われそうになった女の子を助けたり、すりを捕まえたり、泣き上戸の男と明け方まで話していたり。
心配する私を余所に、アルはやりたい放題だ。
何度か、危ない目にもあったから、『もうやめよう』と進言しても、首を縦に振らない。溜息混じりにそれでも護衛士を兼ねてアルにつきあっていたけれど。
『私、見合い話が来たから、アルには付き合えない』
そう告げた。
実際、その時期、お祖父様であるサザーランド伯爵から私に見合い話があったのは確かだ。相手の方はサザーランド伯爵の血縁続きの方で、とある伯爵家の三男だそうだ。スターライン家に養子に来ても良い、とおっしゃっているらしい。年は私より十歳上だったけれど、お父様とお母様はもっと年が離れている。私は別に嫌ではなかった。肖像画で見る限り、男前だったし。
そこで、アルに言ったのだ。夜歩きだの、夜の街での大立ち回りだのが知れたら、折角の見合い話が流れてしまう。『夜歩きはもうやめよう』と。
ただ、アルはごねるだろうな、と思っていた。『嫌だ』とか、『そんなの知らん』とか。
そう、思っていたら。
『ふぅん』
アルはあっさりとそう言って引き下がった。
私は心から安堵した。
その後、私に会うために先方は何日もかけてルクトニア領にやって来られ、しばらく滞在して、私とも何度か両親立会いの元、お会いした。先方からは、『この話を進めましょう』とお祖父様に話をしたと聞く。
ところが。
先方が見合いを断ってきたのだ。
理由は、『忘れられない女性と出会ったから』。
怒り狂ったサザーランド伯爵が問い詰めると、そう言ったという。夜の街で知り合った女性が忘れられないのだ、と。
なにかがあったわけではない、とお相手は語ったという。女性の名誉のためにも言うが、手すら触れていない。
だけど。
美しく、たおやかで、そして魅力的なその女性が忘れられないのだ、と。
その容姿を聞くにつれ。
私は慄然とする。
それは。
どう考えても、アルだ。
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