第9話 男装女子が、女装男子に連れられて『夜の街』に出る経緯

 領主館の方に、お父様と一緒に訪問し、私はいつもどおりアルの剣術稽古の相手をしていたときだった。


 アレクシア様に呼ばれ、アルと一緒に一室に連れて行かれた。

『どれでも好きなものを持って帰って。全部でもいいわよ』

 そう言われて見せられたのは、たくさんのドレスだった。質といい、デザインといい、見栄えといい。どれをとっても一級品だったけれど。


 不思議なことに、どのドレスもハイネックで、そして普通の女の子が着る物より大きかった。まぁ、アレクシア様は身長がおありなので、若い頃この服を着ていた、と聞いても違和感がないのだけど……。


『母上がこどもの頃のものですか?』

 同じ疑問をアルも持ったのかもしれない。

 紺色や深い紫を好んで着るアレクシア様からは想像できないほど、目の前のドレスは色とりどりのものだった。アルも、そこを疑問に思ったらしい。


『お小さい頃は、やはり可愛い色の服を好まれたのでしょうか?』

 邪気の無い顔でアルはアレクシア様に尋ねたけれど、アレクシア様は困ったように笑うだけで何もおっしゃらなかった。

『どれでも、好きなだけどうぞ』

 アレクシア様はそう言って侍女を連れ、退室された。


『外に出てみないか?』

 アルがそう言ったのは、アレクシア様が完全に部屋から遠ざかったのを確認してからだった。


『外って?』

 私は床一面に広がるドレスに圧倒されていた。いいのかな。貰っちゃって、あとでお父様に怒られないかな。そう思いながらも、あのドレス素敵、あっちもいいな、と考えていたから、多少上の空だったことは確かだ。


『これを着てさ、一緒に夜、街に出てみようぜ』

 ふと、淡い緑のドレスを無造作に掴んだアルが視界に入る。


『夜? 街?』

 私はアルを見る。ぞんざいにドレスを扱うその手にはらはらした。破らないでよ。それだって高価そうよ。シフォン素材だから大切に扱って。そんな風に思っていた。


『多めに母上から貰っておけよ。おれも使うから』

『は!?』

 驚きすぎて大声が出た。『静かにしろ』。アルに怒られる。

『俺も使うって、なに!?』

 私は口を両手で押さえ、くぐもった声でアルに尋ねる。アルは私に対してドレスを握ったまま、両腕を広げて見せた。


『この格好じゃ、『領主の息子』だけど、コレ来て変装したら、バレなくね?』

 アルは愉快そうに私に向かって笑う。

『全部ハイネックだし、喉仏だって隠せる。あ。オリビアはそのまんま、男装でな』

 嫌だ、とか。バレたらお父様に殺される、とか、夜の街なんて恐いよ、とかいろいろ訴えてみたのに、アルは全く取り合わなかった。


 結局。


 月に数度のペースで私は女装したアルを連れて夜の街を『冒険』と称して出るはめになった。

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