第8話 男装女子は、幼馴染に邪魔をされる

「なんのこと」

 アルは玻璃のグラスを口に当て、わずかに液体で湿らせる。細かく気泡を上げる透明な液体だ。ユリウス様やアレクシア様がいらっしゃるから、アルコールを飲んでいるはずはない。猫を被り、どうぜ炭酸水なのだろう。


「ディランのことよ」

 誰それ、と冷淡に答えられるので、一歩詰め寄る。

「ディラン・オブ・グリーンヒルよっ」

「グリーンヒル」

 アルはわざとらしく呟き、それから一口また炭酸水を飲んで、「ああ」と笑って見せる。


「子爵の次男か。お前と見合い話があった」

 喉の奥でくぐもった笑いを漏らし、アルは私を一瞥する。ちょっとだけこいつの方が身長が高いのだけど、まるでユリウス様と私ほど身長があるかのように、見下ろしてみせた。


「で。なに?」

「あんたまた、女装して会いに行ったでしょ、ディランにっ」

 女装して、という部分だけ小声にする配慮はさすがに忘れない。だけど、詰問口調は変わらなかった。ぎりぎりとアルを睨みつけるが、アルは平気なものだ。


「なんでそう思うわけ?」

 グラスの液体を舐める程度でとどめると、ユリウス様より深みのある青い瞳で私を見る。私は眉根を寄せ、アルに言葉を放った。


「ディランが断りに来たとき、『忘れられない女性に出会った』って。『金色の髪と青い瞳の背の高い女性だ』って」

 アルは微かに声を立てて笑う。明確に返事をしたわけじゃないけれど、確信を得て私はさらに一歩彼に近づいた。


「邪魔するのはやめて。なんで、次から次へと私の見合い話を壊していくのっ」

 アルは胸元で微かにグラスを揺する。透明な液体は細かな気泡を上げては潰えていった。アルはそれを興味深そうに眺めるだけで何も言わない。


「アルっ」

 私は叱りつけるように年上の幼馴染の名前を呼んだ。

 年は3つ上だし、そもそも身分から言えば随分上なのだけど、物心ついた時から一緒にいるものだから、あんまり意識したことが無い。


 アルをみた大人は言う。

『天使のようね』、『男の子というより、女の子のようだ』、『穏やかで、優しげな気性をしておいでだ』。


 私から言わせれば、どれも鼻で嗤い飛ばしたくなるものだ。

 天使どころか悪魔だし、こいつ以上に、男っぽくがさつなやつを知らない。気性だって荒いし、負けず嫌いもいいところだ。


 だけど。

 大人の前だと、『ルクトニア領の次期当主』をそつなく演じるのだ。

 慎ましげに両親の側に控え、話しかける大人に穏やかに頷き、蜂蜜とミルクで作ったような笑みを常に浮かべている。


 そんな、二面性のあるこの男が。


『外に出てみないか』


 私にそう提案したのは、一年前だ。

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