第6話 男装女子は世話をやかれる

「そうなのか?」

 ユリウス様が心底驚いたように私を見、「なんてこと」とアレクシア様が絶望したような声を上げる。私はいたたまれなくなって顔を伏せた。


「もう何度目です」

 俯いていると、アレクシア様が小声でお父様に尋ねる声が聞こえる。「四度目」。端的にお父様が答え、ユリウス様が「へぇ」と意外そうに声を上げた。


「こんなに可愛いのに」 

 上目遣いに視線を上げると、不思議そうなユリウス様の目と合って、なんだか顔を赤らめてまた俯く。お世辞だとは分かっていても、目を合わせて『可愛い』なんていわれたら、照れると言うかなんというか……。


「今日、シャーロットが来ていないのは、そういったことも関係しているのですか?」

 アレクシア様がお父様に尋ねる。黒瑪瑙のような瞳が心配そうに細まり、端正な口から小さく息が漏れる。


 いつも穏やかに。どんな状態でも、にこにこと笑顔を絶やさぬように。

 そう指導されるこの国の女性の中で、これほど表情を変え、感情を態度にも顔にも表す方は珍しいと思う。そのことについて顔をしかめる人もいると言うが、私はアレクシア様のこういったところが大好きだ。


「ちょっと……」

 お父様はちらりと私に視線を向け、肩を竦める。

「寝込んでますね」

「だからほらっ。もっと可愛い格好をさせないからっ」

 アレクシア様はお父様に掴みかからんばかりの勢いだ。お母様がまだ十代の頃、アレクシア様が外国語の家庭教師をしていたらしく、猫っ可愛がりを具体的に表現したら、アレクシア様がお母様を見る目、と答えたいほどだ。


「お前だって、昔は紺だの青だの茶色だのしか着なかったろう」

 ユリウス様が呆れたようにアレクシア様に言う。「貿易商から布見本を見せてもらいましょう」、「王都で何が流行っているのか、鷹便を出します」とお父様に詰め寄っていたアレクシア様は、困ったように口を閉じる。


「僕ら、さんざん言ったよね。もっと可愛い服着たら、って。君に」 

 アレクシア様の勢いに辟易と顔を反らしていたお父様が、追随するようにそう言い、ユリウス様はくすりと笑った。


「それでも俺が見初めたんだから」

 柔らかな低い声でそう言われ、アレクシア様の頬が一気に赤に染まる。聞いているこちらも吊られてなんだか顔が赤くなり、心臓が無駄に拍動した。ひぇ。カッコいい男の人が言えば、さまになるなぁ。

 そんなことを思っていたら、ユリウス様が不意に腕を伸ばし、ぽすぽすと私の頭をなでた。


「オリビアにも好い男が出てくるさ。焦っても仕方ないだろう」

 柔らかく髪に触れられ、「な?」などと目をあわせられたものだから、ますます顔が赤くなる。「はい」とわけのわからない返事をして、困って顔を反らす。


 反らした先に。


 アルがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る