1章 威風凛々
第2話 男装女子、登場
私は衛兵が開いた扉に素早く体を滑り込ませ、大広間に入り込んだ。
途端に体を包み込むのは、弦楽器の柔らかな音楽だ。緩やかで、穏やかな四重奏に、私は大広間の上手を見る。揃いの黒い背広を着た一団が、まるで楽器とダンスを踊るような仕草で演奏を行っていた。
楽団員のボタンホールを見ると、白いバラが皆差し込まれていた。最近、ユリウス様がお気に入りの楽団なのだとお父様から聞いたことがある。その演奏技術に大変感動され、その時庭に咲いていた白バラを自ら手折って楽団員の胸に挿したのだと言う。
以降、その楽団は自らを『ルクトニアのバラ楽団』と名乗り、演奏会には白バラをボタンホールに挿して臨むのだ、と。
室内は、その楽団が奏でる音楽と、小波に似た人の会話に満ちている。
ざっと視線を走らせただけだが、五〇人近くの紳士淑女がいるのではないだろうか。舞踏会ではないので、出会い目的の若い男女は稀で、そのほとんどがパートナー連れだった。今日は王都の貿易商人や貴族、それから異国の商人が多いとお父様から聞いていた。
『だから、警備のことも含めて動きやすい格好でいるんだよ』
今朝、お父様にそう言われ、私は丈の長い上着に、ズボンと
一度足を止め、私は背伸びをした。
首をめぐらせ、探す。
頭を振ったせいで、鼻腔をかすめるのは、貴婦人達がつけているとりどりの香水だ。
甘い香り、柑橘系の香り、澄んだ香り。
とりどりの香りが私の周囲を包み、一瞬眩暈に似た感覚に襲われる。
こほり、と小さく咳払いをして肺に満ちた雑多な香りを吐き出し、私は爪先立ちのまま、フロアを上座の方に向かって歩き続ける。
同じ十五歳の女の子達より、頭一つ分大きいとはいえ、大人の中に混じると、まだまだ私の背丈なんて小さなほうだ。特に、異国人の多いこのフロアでは、巨人の国に紛れ込んだ小人の気分になる。
「……あ」
思わず口から声が漏れる。
みつけた。
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