ルクトニア領千紫万紅輪舞曲

武州青嵐(さくら青嵐)

序章

第1話 ルクトニア領領主

 中世フォードランド国歴代王の中で、最も国民に愛され、最も退位を惜しまれ、そして最も謎に包まれている人物と言えば、ユリウス・オブ・フォードランドだろう。


 ユリウス・オブ・フォードランドが正式な『フォードランド正史』に名前を残すのは、わずか2ページのことにすぎない。


 彗星のごとく現れたこの若き美貌の王子は、瞬く間に前王ヘンリーを倒し、在位2年と言う短期間の間に様々な施策を提案。実行に移している。正式にその施策を動かしたのは、その後王位に就いた彼の従兄弟エドワード・オブ・フォードランドだが、エドワードはあくまで施策を実施した王でしかない。

 一級史料の中に、ユリウスの幼少期について記された文書は無く、代わりに存在するのは、彼の双子の妹であるジュリアの記述だ。ジュリア・オブ・ルクトニアはルクトニア領領主に封じられ、数年間統治に勤めたものの、病気療養のために尼僧院に入ってその人生を終えている。


 そのジュリアと入れ替わるように歴史に登場するのが、ユリウスだ。

 祖父であるロゼッタ卿の領地にて、隠れるように生きていたユリウスは、ジュリアが表舞台から消えると同時に史料に現れてくる。

 だからこそ、後世の歴史家の中には、『ユリウス・ジュリア同一人物説』を唱える者も多い。

 王位を退いたユリウスは、その後、妹の持領であったルクトニア領に遷り、名前をユリウス・オブ・ルクトニアと改め、領主としてその地を治めている。その妻、アレクシアについては、洗礼名と家系図、実父の確かな史料があり、その実存が確認されている。

 交易を中心に栄えた海港都市でもあるルクトニアにおいて、彼女の外国語能力は重宝されたようだ。ルクトニア領と交易があった国においてもその名は史料の中に残されており、『目鼻立ちの整った綺麗な女性』であり、『数ヶ国語を操る才女』と記されていた。


 二人の間に子は男児一人しかおらず、その子が成人すると同時に爵位を譲り、忠臣として現在でも名高いウィリアム・スターラインを供に、諸国を旅したという。

 巡察を兼ねた旅を続けた彼らはその地、その地で数々の逸話や武勇伝を残している。また、彼らが伝えた航法や法整備は現在も一級史料として各地の教会に現存している。

 そんな、二人の棺は、今もルクトニア領の聖セシリア教会に安置されている。

 七二歳で老衰のため亡くなったユリウスを看取るように、アレクシアも翌年、この世を去った。彼女の遺言どおり、棺はユリウスの隣りに安置されており、死してなお、二人は離れることがなかった。


            ◇◇◇◇


 今、筆者の手元にある古書は、旧ルクトニア領のとある古書店にて見つけたものだ。

『フォードランド正史外伝』と書かれたその文書には、アルフレッド・オブ・ルクトニアと、オリビア・スターラインの少年少女時代が記されている。

 古書やインクの状態から年代を推定することは可能であるし、その内容の真偽についても説明することはできるのだが。

 歴史的事実や、科学的根拠など、ここでは問わない。


 この『フォードランド正史外伝』では、ユリウス・オブ・ルクトニアが、十八歳になるまで女装をしてジュリア・オブ・ルクトニアとして生活していた、ということが前提となっている。

 そのことを『事実』として踏まえて描かれる、アルフレッドと、オリビアの話を、ここでは語ろう。

 そこに、史実は必要ない。野暮というものだ。


 さて。

 ここで、読者諸兄に紹介をしておこう。

 アルフレッド・オブ・ルクトニアとは、ユリウスとアレクシアの間に生まれた男児だ。

 オリビア・スターラインとは、『ユリウスの死刑執行人』とも言われた忠臣ウィリアム・スターラインとその妻、シャーロット・サザーランドの間に生まれた女児だ。


 これは。

 そんな二人のお話。

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