第7話電車の母子

がたん、ごとん、がたん、ごとん…

電車が刻む心地の良い揺れに身を委ねて、少し微睡む意識のなか、車窓から見える長閑な田園風景をぼんやりと眺めていた。自我の芽生えたころには、高層ビルに囲まれて育ちった根っからの都会っ子であっても、田畑や点在する日本家屋を見ると、どこかノスタルジアをおぼえるのだなぁっと自嘲めいた笑いを溢した。


「葵??」


目の前に座る母親が、心配そうに顔を覗いてきた。

柔らかなセミロングの柔らかな髪の毛はくり色で、普段あまり外出しないせいか日焼けと無縁の肌は白く、黒鳶色の瞳は憂いを帯びていた。

職業柄なのか、性格が起因するのか、少し深爪気味のでもきれいな指が、そっと頬に触れる。

だいぶ古いタイプの車輌のせいか、クロス(ボックス)シートで向かい合わせに座るとやたら距離が近い。他に乗客はいなかったものの、居心地が悪く、車窓の方へ目線を戻し、返答をする。


「なに??」


「体調は、その、大丈夫…なの??」



羽田から広島空港まで約1時間半。山奥にある空港から広島市街に行くのに45分。広島市街での用事を済ませて、芸備線に乗り、目的地である七睦ヶ奥ななむつがおくまで、更に電車で1時間弱。結構ハードな行程だった。体調が万全であっても疲労が出てきてもおかしくはないだろう。たぶんそのせいもあり、すこし瞼が重いのかもしれない。


「……少し、ね。少しだけ、ねむたい」


欠伸をかみ殺した。


「まだ、あと30分ぐらい時間があるから、少しだけでも寝るといいわ」


そういって、頭をぎこちない手つきでそっと撫でてきた。


「ーーうん、そうする」


言われたとおりに、そっと瞼を閉じた。

別にそこまで眠かったわけではなかったが、これ以上会話をする気にもならなかったし、その方がお互いの為だろうとも感じられた。


時々、線路に車輪の擦れる音が聞こえる。

きぃぃぃ……決して不快ではない、音。

電車の心地の良い揺れに、少しずつ意識も遠のいていく気がした。

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廣島camarade(カラマード) ななりあ @nanaria

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