Chapter.23 - FrEeDOm

 多忙なミスター・モルテンブルクに全ての事情を説明するまで、三日の時間を要した。それはマクリッサの想定内で、初日に開拓団と接触できたためにフォードの今後についても決まり、むしろ予定より早いペースだった。


 そしてついに四日目、造船所の事務室で、スポンサー契約の判が押された。

「メル」

 立ち合ったメルの後ろから、作業着のフォードが声をかける。胸元には開拓団のシンボルである空と太陽をイメージしたロゴがあった。『遠く離れても同じ空の下』という思いが込められているらしい。

「ゼインの件が終わったあと、俺はお前のために生きようって、自分で決めたよ。お前はマクリッサに聞かれて、答えに迷ってたよな。――どうだ、決まったか?」

 メルは微笑んだ。

「うん。決まったよ。ちゃんと決めた」


 これから忙しくなる団長ヘリウスを見送り、ミスター・モルテンブルクはメルのもとへ。

「待たせたな、メル。これでまた一緒に暮らせる。さあ、帰ろう」

 喜びに満ちた優しい言葉。

 しかしメルは、首を横に振った。

「帰らないわ、パパ。――こっちで暮らしましょう。ナージュも、リックも連れて。できれば、マクリッサも。

 私はここで、フォードの帰りを待ちたい。『おかえり』って言いたいの。誰よりも早く」

 古い街並みのリーヴァより、コールゴール市街やパリドル駅前の方が都会的で充実していることは明白だ。帰りがいつになるかわからない開拓の旅に、数年に渡って待たされることもあり得るだろう。海流も天候も読めない未知の海にのみ込まれ、帰らない可能性もゼロではない。

 ――それでも。

 まっすぐな気持ちは、確実に父の心に届いていた。




「さあ、改めて聞こう! 覚悟はいいか! 別れは済ませたか!

 学者に冒険者、真面目な者から命知らずまで、この船がひとたび出航すれば欠けがえのない仲間! 嵐の中で助け合い、笑い合い、栄光を掴むイメージは出来ているか! 準備ができたらさあ乗り込め! いざ、未知なる大地へ!」

 野太い男たちの雄叫びが、夕陽でオレンジに変わりゆくリーヴァの空気を揺らした。

 ついに完成した開拓船に乗り込んでいく者たちは、全て男性だった。ほとんどが岩のような筋肉をつけた者たちだったが、小さく見える団長ヘリウスと、書類を抱えた高齢の紳士が三人ほど、枝のように細長い手足の男性が一人、そしてフォードと同じか少し上といったくらいの青年が一人確認できた。

「行ってくる」

 メルのように、大切な人を見送る者はたくさんいた。中には号泣している様子も。

「待ってる」

 メル達は、笑顔で。


 乗り物というより建物が動いているように思わせる巨大な船は、水平線に向かってまっすぐ進んでいった。

 遠く、遠く。たとえ過酷な旅になろうとも、陸から離れていくそれは何にも縛られない自由を象徴していた。

 夕陽にキラキラ光る波と同化して見えなくなるまで、メルは見つめ続けた。思い返される爆発音や飛散する赤色も、受け入れられた。




「行きましょう、お嬢様」

 振り向くと、見送りはだいぶ減っていた。

 メルの両親、マクリッサ、ナージュが談笑し、リックが後ろ足で首もとを掻いている。夕方から夜へのグラデーションを描く空の下に、海の匂い。

 カーキ色の壁の中に居たころ夢見たのは、まさにこの光景だった。

 今の夢は、ここに、もう一人。


 母がくしを入れた髪が煌めく。

「待ってるからね」

 壁も鎖もない、新しい家で。ずっと――――。

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FrEeDOm 羽街由歌 @tomatosumisow

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