山田バイト。

ちびまるフォイ

よくわかる山田さんの日常

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【急募】山田太郎さんになる人募集中

・健康な人

・やる気がある人

・山田さんに興味がある人

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「なんじゃこりゃ……印刷ミス?」


高時給のバイトを探していると冊子に変な募集が目に入った。

話のネタになるかもと応募してみることに。


「あなたが山田さんのバイト希望者ですね?

 助かりました。実は応募してくる人が誰もいなくって……」


「……でしょうね」


あんな奇妙な募集広告見て応募するのは俺みたいなやつだけだろう。

気になるのは高時給のバイト内容。


「それで、俺は何をすればいいんですか?

 前任者の山田さん?のかわりの仕事ですか?」


「ああ、ちがうちがう。山田さんそのものです」


「は?」


「山田さんの代わりにバイトするんじゃなくて、

 山田さんとしてバイトしてください」


「はい?」


何度聞いてもよくわからなかったのでマニュアルが出された。


「これが山田マニュアル。君の名前は"米田まこと"だね。

 でも今日から山田太郎として名乗って生活してください」


「なんの意味が!?」


「山田さん、ちょっと紛失しちゃってね。かわりがいるんだよ」


これ以上話を聞いてもよくわからないことだけはわかるので、

山田太郎生活がはじまった。



●山田さんは、朝8時に起床する

●山田さんの朝食は必ずパン

●山田さんはギリギリに仕事に行く


「って、山田さんって仕事やってたのかよ……」


おっかなびっくり仕事場に行くと、周りの人も俺を山田として扱ってくれた。


「それじゃ山田さん、この作業をお願いします」

「は、はい!」


自然に山田として接されるのでなんだか不思議だった。


●山田さんは仕事帰りにお酒を飲む


「俺、酒ニガテなんだけどなぁ……」


しぶしぶ飲みたくもないお酒を飲んで帰ることに。

山田さんの行動パターンを正しく踏襲しないとバイト代が入らない。


●山田さんは休日にボルダリングをする

●山田さんは空き時間に資格所得の勉強をする

●山田さんは趣味のサッカー観戦を欠かさない


「なんでこんなことしなくちゃいけないんだよぉ!!」


休日まで仕事しているような気分だ。

山田というやつは本当に俺とはほど遠い人間過ぎて理解できない。


もう限界だ。


「もうバイト辞めさせてください! 俺の生活と合わな過ぎて死にます!」


「まだ山田生活1ヶ月じゃないか……」


「もう限界なんです!」


「でも次のバイト決まってないし、この世界から山田太郎が消えると

 それはすごく困ることなんだよ。仕事も穴が開くし、周りの人も心配する」


「なんとかできませんか!?」


「後任の山田さんが決まるまでは……頑張ってくれないか?」


「うう……わかりました……」


諭される形で俺は引き続き山田太郎として生活するハメに。



●山田さんは映画鑑賞(特に恋愛)が好き



「山田さんなら、連休は映画鑑賞するよな……はぁ……」


ポスターから見てつまらなそうな映画に並ぶ。

期待値ゼロで見た映画だったからか、思いのほか楽しめた。


「いがいと悪くなかったな。食わず嫌いはよくないな」



●山田さんは友達思い



「山田さんなら、きっと地元の友達ともたまに連絡とるよな……」


山田さんの連絡先は共有しているので山田さんとして連絡することに。

完全に赤の他人で面識もない。


「おおー山田! 久しぶりじゃん!」


「お、おお……そうだな」


「よっしゃ旧友の絆を温めるために飲み行こうぜ!」


普段の俺なら理由をつけて断っていたが山田さんはそうしない。

幸いなのは日ごろ仕事終わりに酒を飲んでいた山田生活で飲みになれていたこと。


「ありがとな! 楽しかったよ!」

「ああ、俺も!」


はたから見れば赤の他人と飲みにいっただけのことだったが

山田として友達と接しているうちに本当の友達として打ち解けた。

山田が仲良くなる理由がよくわかる魅力的な人物だった。


「山田生活……悪くないな!」


最初は嫌がっていた山田生活も今ではもう抵抗がなくなり、

むしろ充実感と幸福感に満ち溢れていた。




「おめでとう! 山田さんの後任が決まったよ!!」


「え!?」


突然の通達だった。


「前に山田を辞めたいって話していただろう?

 一生懸命、後任をさがしてやっと見つけたんだよ! お疲れさま!」


「い、いやぁ……山田さんも最近は悪くないなぁって……。

 山田さんを続けちゃだめですか?」


「それは困るよ! 向こうにはすでに話は通しているし、

 すでに山田になるために自分を空き状態にしたんだよ?」


「空き状態?」


「とにかく、山田さんを引き継ぐからね!」


こんなにも過去の自分を呪ったことはない。

かくして、山田太郎を没収された俺は元の生活に戻ることに。


「……元の生活ってなんだ……?」


気が付けば、居酒屋で飲んでいた。

思えば元の自分はお酒が苦手でこんな場所にはこなかったはず。


家に帰ってテレビの録画データを確認すると、

山田になる前に録りためていたアニメがごっそり残っている。


「こんなの見てなにが楽しいんだ……?」


やたら知能指数の低いキャラたちがこぜりあいをしているだけ。

こんなの見るならサッカー見てた方がずっと楽しいじゃないか。


もとの俺っていったい何を楽しみにしていたんだ。



「1名でお越しの山田様ーー!」


「あ! はい!!」


「あの、あなたはちがいますよね?」


「えっ? あ、ああ! そうだ……山田じゃないんだ……」


山田を辞めてからも体にしみ込んだ山田は抜けることはない。

すでに自分の内面が山田になってしまっている。


たまに、元の自分の友達と合っても山田化した俺とはそりがあわない。


かといって、山田に戻ることもできないので

山田さんの友達と会ったとしても俺は赤の他人でしかない。



完全に自分を失ってしまった。



「ああ……もういやだ……自分が欲しい……」


誰でもなくなった俺はバイトの情報誌を開いた。




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【空き1名】米田まことさんになる人募集中

・ゲーム・アニメが好きな人

・深夜勤務ができる人

・米田さんに興味がある人

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「もしもし? あのバイトの情報誌を読んだんですが……。

 はい、はい、そうです。米田まことになりたいんです。

 今ですか? はい、大丈夫です。


 今、自分を完全に失って空き状態ですから、どんな人だってなれます」



俺は迷わず電話した。

自分を取り戻すのにそう時間はかからなかった。

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