終章
終章
秀は目を覚ました。気が付くと、自分はソファの上に寝ている。体の上にはタオルケットがかかっていた。ぱっと起き上がって、自分は何をしたのか、一生懸命思い出そうとしていると、ふすまが開いて、杉三が入ってきた。
杉三「あ、目が覚めたんだね。会は終わったよ。もうみんな製鉄の仕事にもどったよ。」
確かに、姉こもさの歌声が聞こえてきた。きっと、天秤鞴を動かしているのだろう。
秀「私は、、、。」
杉三「どうしたの。」
秀「負けたんだな。」
杉三「負けたって何に負けたの?人生に勝ちも負けもないよ。」
秀「実は、ここに来たのは、あの女性をいじめてやろうと思ってきてしまったんです。でも、その彼女は、大学に合格までして、あれだけのたくさんの仲間にお祝いしてもらって。」
杉三「ああ、やっとわかったか。じゃあ、これからは、それを大切にして、もっといい教師になってね。」
秀「いや、実はね、杉三さん。もう無期限停職処分になったんだよ。」
杉三「無期限停職処分ってなに?」
秀「あの時、杉三さん。私が初めて出会ったとき、加藤さんのお母さんが、署名活動をしていましたね。私はそれを妨害し、杉三さんが、それを止めに入ったことで、私たちは出会ったわけだけど。」
杉三「そうじゃなくて、」
秀「最後まで聞いてくれ。その加藤さんを追い詰めたのは私なんですよ。そして、私は、秀島という生徒をやはり自殺に追い込んでしまいました、、、。その責任をとって、もう、学校に来ないでくれ、というのが、無期限停職処分というものなんだよ。」
杉三「そうか。ならそれでいいじゃないか。新しい仕事見つければいいじゃないか。そのことを教訓としてさ、今度こそ、いい教師になってよ。」
秀「いやいや。杉三さんは前に言っていましたよね。学校は百害あって一利なし。どこの学校にいっても、同じことです。」
杉三「だって、水穂さんが言ってた隣の私立高校に対抗しようということだけなんじゃないの?それをしない高校だってあるでしょ。」
秀「いやいや、学校というところは、本当におかしなところだ。そうやって、心にのこることをけなして、テストで100点を取ることを優先させてしまうから、もう、そんな作業はしたくない。」
杉三「だったら、それが必要のない学校に行けばいいじゃないの?」
秀「いや、それはできないさ。その必要のない学校なんてないですよ。」
杉三「だって、傷ついた子を支援する学校はいっぱいあるよ。それをすればいいじゃないの?」
秀「そんな、聖地みたいな学校には、私は行く資格はない。すでに何にんの生徒を傷つけただろう。それでは、いけないと気が付いたのが遅すぎたのです。杉三さん、責任を取らせてください。」
杉三「と、いうことはつまり、」
秀「つまり、の意味が分かりますか?」
杉三「わかる。ぜったいにやってはいけないよ、そんなこと!」
秀「いや、もう、こうしなければ、償う方法もないでしょう。」
杉三「それだったら、生きて償うべきじゃないのかよ!そんなことして、生徒さんたちは浮かばれなくなるよ!それに、まだ、富士田高校で教えている生徒さんだっているんでしょ?その子たちを放置してどうするのさ!いくら、無期限停職処分だって、いずれは、戻っていくんじゃないのか!」
秀「いや、もう、それは無理です。」
杉三「なんで無理なの。そうしなきゃいけないんだよ。すでに二人の生徒さんをもう帰ってこない人にして、自分までいこうなんてなんていうずるさだろう!」
秀「それはよくわかっています。でも、生徒もとへ戻る自信は無くしました。それに、校長も言っていましたが、代用教員を雇えば、教員はいくらでもいます。その代用教員が、私より優れていれば、生徒たちは前向きに勉強するようになるでしょう。そうすれば、私はどっちにしろ、いらない存在になる。だから、そうなる前に、もうこことはさようならして起きたい。」
杉三「馬鹿なこと言わないで!きっと、秀さんがいてくれなければいられない人もきっといるよ!」
秀「いや、そんなひとはいないでしょう。いても、恨まれ続けるだけでしょう。なにせ、二人の生徒が自殺に追い込まれたわけですから、、、。」
杉三「でも、気が付いたんだからさ、逝っちゃうのは答えになってないんじゃないのか?」
と、手で顔を覆って泣き出す。
秀「不思議だ。あれほど私の事を批判していた人が、こうして私を擁護するとは、、、。」
杉三「批判なんかしていないさ。ただ、感じたことを言っているだけさ。」
秀「杉三さん、最期に、そうやって擁護してくれてありがとう。でも、私は、自分で自分の人生にピリオドを打ちたい。教授たちはどこにいるかな。」
杉三「いつも通りに仕事してる。たぶん面接やってんじゃない?この仕事はとにかく人が出入りするから。止まらない日はないよ。」
秀「水穂さんは?」
杉三「たぶん休んでると思うよ。あんまり長く働くと、また血が出たらこまるでしょ。」
秀「じゃあ、お体に気を付けてと。伝えてくれる?」
杉三「いやだよ!自分で言えばいいだろ。その答えはどうなるのかも考えてからにしろ!」
秀「そうか。杉三さんがいくら反対しても、決断は変わらないよ。」
杉三「僕も、それじゃあ、犯罪者になっちゃうのかな。」
秀「いや、ならないさ。そうしないように書いておくから。反省文にね。」
杉三「僕は、字が読めないんだよ、、、。」
秀「じゃあ、読めるように振り仮名を振っておくよ。」
声「杉ちゃん、どこに行ったの?タクシー来るよ。早く帰らなきゃ。」
秀「ほら、蘭さんだ。はやく帰りなさい。もしずっといたら、君もアウトローになってしまう。」
杉三「もともと馬鹿だから、アウトローでもあるけどね。」
秀「蘭さんや、他の人と、いつまでも仲良くね。」
杉三「わかった。」
と、ドアが開いて、
蘭「なんだ、ここにいたのか。さあ早く帰ろうよ。まだ夕飯の買い物もしてないだろ。君のお母さんだって仕事から帰ってくるじゃないか。それまでに晩御飯を作っておけと今日は言われていたんでしょ。」
杉三「そうだったね。」
と、静かにいい、秀に右手を差し出す。
杉三「じゃあ、ありがとう。」
秀「ありがとう。」
二人は互いの手を握って握手し、杉三は手を放して車いすを動かし始めた。
秀「じゃあ、、、。」
杉三「またね!」
と、部屋を出ていく。
タクシーの音が静かに消えていくのと同時に、空は見事な夕焼けに変わっていた。秀は懍と水穂に礼を言い、静かに製鉄所を出て行った。そして車に乗り、シャッター通りとなっている、商店街まで来た。
つい最近つぶれたばかりのデパートがあることを知っていた。建物は取り壊されてしまったが、立体駐車場だけは残っていた。秀は迷わずそこに入り、誰もいない最上階に車を止めた。その時はもう、真っ暗な夜になっていた。
秀は車を降りた。そして、ぼろぼろになっている、駐車場のフェンスに手で触れてみた。フェンスはほとんどがさびていたから、いかにも簡単に剥がれ落ちた。秀の体は空中に浮かんで、シャッター通りの中に落下していった。
杉三中編 花束 増田朋美 @masubuchi4996
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