第五章

第五章

富士田高校。

通勤してきた秀。職員室に入る。と、教師たちはいっせいに彼を避け、逃げていく。

秀「ど、どうしたんだ?」

教師A「今にわかりますよ!」

それ以外、誰も彼に言葉はかけなかった。と、教頭が、彼のところにやってきて、

教頭「村井先生、ちょっと来ていただけないでしょうか。」

秀「はあ、なんでしょう?」

教頭「校長室です。」

秀「何かあったのですか?」

教頭「いいから早く!」

頭をひねりながら、校長室へ向かっていく秀。

教頭「来ましたよ。村井先生。では、わたくしは授業がありますので、、、。」

と、足早に去ってしまう。

秀の前には、秀島の母親が来ている。母親の目の前には、一つの箱が置かれている。優勝カップを入れるとか、トロフィーを入れる箱ではない。なんの箱なのか、秀にはわからなかったが、母親の絶望に明け暮れたような顔と全身黒い着物を身にまとっているのを見て、はっとした。

秀「ひ、秀島が、、、。」

母親「ええ、まさしくその通りですとも!」

と、座っていた机を、これ以上の表せないほど音で思いっきりたたく。

校長「お母さん落ち着いて、、、。」

母親「誰が落ち着いていられますか!加藤さんの時、二度と再発しないように努めるとおっしゃってくれたのは校長先生でした。それなのになぜ今度はうちの子に!」

秀「一体どういうことです?秀島がどういった経緯で、」

母親「経緯など、校長先生にしっかり話しました!質問されたのでもう一度言います。私が、夜勤に出る前は、笑っていってらっしゃいと言ってくれました。そして、朝早く家に帰ってきたら、死んでいたのです!」

秀「死因は?」

母親「失血死です。首を刺身包丁で切って死んでいました!遺書はなかったのですが、本当に苦しんでいたのでしょう、包丁をしっかりと握りしめていました!一体どうしてくれるんですか!私の、たった一人しかない息子です。それを、こんな形で失うとは、私の人生も木っ端みじんにされたようなものです。その責任はだれが負うのです!」

秀「ああ、それだったら、わざわざ学校に押し付けないでください。第一、秀島を作ったのは学校ではなく、親御さんの責任です。それに、親御さんが礼儀とか、勉強をしようという気持ちをもう少し厳しく教えてこないから、甘えようとして自殺に至ったのではないですか?学校に責任を押し付けているようですけれども、私たち教師の側から言いますと、もっと親御さんがしっかりしてもらわないと困ります。たった一人しかいない息子さんなら、もっと他人の話に耳を傾け、権利ばかりを主張するのではなく、勉強する義務を果たせとなぜ教えなかったのですか。そのほうがよほど大切なことであり、学校へ行かせるのなら、それは親御さんがしっかり教えておくべきですね。悪いけど、私たち教師は、親御さん以上に親御さんの事を伝えていると自負していますよ。そうしなければ、この学校は、学校どころか、保育園よりもひどい状態になるでしょう。秀島が自殺をしてしまったのは、確かに悲しいのかもしれませんが、それを一方的に学校のせいにしないでもらいたいですね!」

母親「あなた、息子が家で何をしているか、ご存知ないでしょうね。」

秀「ええ、存じておりません。きっと、悪い友人とつるんで家でゲームをしているんじゃないですか?」

母親「とんでもございません!あの子は学校から帰ったら、休むことなくアルバイトに行っているんです!私だけでなく、あの子も働かないと、ここの学費は納められないのですよ!」

秀「へえ、どうせ遊ぶ金がほしいからでしょう?」

母親「遊ぶ?そんなことをしたことはほとんどありませんよ!」

秀「だって、授業中にスマホゲームをやっていたこともありましたよ!私が取り上げたこともありました。スマホを持たせられるのなら、学費が払えないことはないでしょう。」

母親「先生は、本当に何もわかってないのですね。だったらあの子の顔や手を見てください。スマホを持っていないと、同級生にいじめられるんです!時代遅れだって!腕に根性焼きの跡だってあるんですよ!それに、あの子が服装を乱して登校しているのは、そうしなければやはりいじめられるからです。本人は勉強したい気持ちがあるのですが、この高校でくらしていくには、服装を乱したり、わざと授業中にゲームをしたりしなければだめなんですよ!先生はそれに気が付かなかったのですか?うちの子がただのモンキー校の生徒の一人であったとしても、ここまで苦しんで苦しんできたことに!」

秀「だったら、子供なんか作らなければいいでしょう。それだけ貧しいというのなら、子供を作るほうが間違いですよ。そうやっていじめられてかわいそうだとこっちに思わせるほど、社会への甘えはありません。それは、親御さんの責任で、こちらは何も悪事などしておりません。学校は、貧困にあえいでいる生徒を擁護するほど、余裕のある場所ではないのですよ!」

母親「先生は、本当に、本当に何もわかってないんですね。先生は子供さんなどいらっしゃらないからそういうことが言えるんです。きっと、先生が子供さんを持ったら、徹底的にわかると思いますよ!」

秀「ご安心ください。私は、そんな甘ったれたことはいたしません。子供を持つほど、甘えることは致しません。子供を通して夢を見るなんて、全くばかげております。そんなことはせずに、自分の力で夢をかなえて見せます!」

母親「頑張ってください。きっと、それはかなうことはないと思いますけど。では、私はこれで失礼します。やっと、、、このこと二人きりに、なれました。残念ながら、加藤さんのように、資金を集めて署名活動をしようという経済力はありませんから、、、。」

校長「お母様、あなたまで、、、。」

母親「いいえ。この先生の言う通りです。すべては私が悪い。ですから、私が責任をとります。」

と、骨箱を、まるで生まれたばかりの赤ちゃんにするように撫でまわし、目にいっぱい涙を浮かべてそれを抱きしめながら立ち上がる。

母親「では、ありがとうございました。」

秀「お礼なんかされることではありませんよ。」

母親「そうですね!」

と、礼も何もせず、校長室を出ていく。

校長「村井先生、あなた、、、。」

秀「なんですか。私は正しいことを言っただけですよ。校長だって同じことを言っているじゃありませんか。最近の生徒は、家庭で十分な教育を受けていないと。秀島が自殺したのも、その一例にすぎません。私は、本当のことを言ったまでで、全く悪事ではありません。」

校長「いえ、生徒を死へ追い込む事は教育というものではありません。」

秀「しかし、生徒に本当のことを教えていかなければ、彼らは社会へ出た時、親を失ったとき、どうやって生きていけばよいのでしょうか。それを教えていくためには、荒療治が必要です。秀島は、それを乗り越えられなかった、悪い生徒だったのです。それだけの話です。」

校長「村井先生、秀島の自殺の動機をどう説明するつもりですか?」

秀「ええ、こういいます。秀島は、死ぬというパフォーマンスをして社会に甘えているだけなのだと。自殺をしても、迷惑をかけるだけで、何も意味はなく、正しい生き方をした人間だけが、正しい死に方を選択できるのだと。」

校長「先生、あなたはいつごろからそういうことを考えるようになったのですか?この学校に赴任するときからそう考えていたのですか?」

秀「ええ、確かにこの学校は数年前には名門校とうたわれていて、多くの生徒が憧れる学校と聞いていましたので、かなり期待をしていたのですが、赴任してしばらくしたら、とんでもないモンキー校であったことがわかり、私が何とかしなければと思ったのです。ほかの先生も、誰も生徒を救おうとはしない。皆さん趣味や余暇のために生きているのようなもので、生徒のことは何も思っていない。私だけが生徒を思い、救ってあげているのです。荒療治はそのための手段。あの母親は、加藤の例を出してきましたが、加藤は女子生徒でしたし、秀島以上に甘やかされて育ったに決まっています。先生は、まさに私が加藤を自殺に追い込んだと思っているようですけど、それは大きな間違いで、私は彼女に社会勉強をさせただけなので、全く自殺の原因にはなっていないと思いますけどね!」

校長「村井先生、あなた、もう一度教育というものについて考え直したほうが良いでしょう。

秀島や加藤が何を残したのか。もう一度考えて下さいね。」

秀「決まっているじゃないですか。甘えというものですよ。別にあの二人がいなくなったって、誰も変わることはないでしょう。」

校長「そうやって即答できるほど、命は軽いものではありませんよ。あの二人の家族や、友人たち、そのほか諸々の人たちは、どうなるのでしょう?」

秀「どうなるって、何もなりません。そんなものに頼っているより、すぐに働かなければ生活がままならないのですから。」

校長「わかりました。」

秀「わかったって何が。」

校長「あなたを無期限停職処分としましょう。この間に教育というものが何なのか、しっかり考えてきてください。どこかの、社会的弱者と触れ合う機会でも持ったらいいかがですか。」

秀「その必要はありません。そういうものが、一番甘えている民族です。」

校長「あなたは教師という仕事では全くやっていけないことに気が付いていませんな。居から無期限停職処分としましょう。反省文を書いて、こちらに送ってくれるまでは、それは解除いたしません。」

秀「反省文?」

校長「ええ、そうです!全く教育についてわかってはいませんから!」

秀「校長、では、英語の授業は誰がやるのです?」

校長「それくらい代用教員を呼べはできます。先生、これ以上反抗し続けると、懲戒免職に処分を上げますよ!」

秀「わ、わかりました。」

校長「それなら、すぐに荷物をまとめて出ていくように!」

秀「はい。」

校長「では、反省文を待っています。」

秀「わかりました。」

と、憎々しげにドアを開けて、職員室に戻っていく。


車を運転している秀。後部座席には、大量の教科書やら書類やらが置かれている。何か思いついたのか、自宅ではなく、製鉄所のほうへ車を飛ばしていく。


製鉄所

水穂「教授、大変です、今電話がありました。あの、村井秀がまたこちらに来るそうです。」

懍「水穂さん、慌てるとまた血が出ますよ。落ち着いて考えましょう。僕が一計をうちますから、皆さんそれに従ってください。それに僕たちには、こうして言ってしまいますと、彼女に失礼になりますが、最大の武器があります。」


水穂「そうですね。わかりました。僕も慌ててしまってすみません。では、教授の一計といいますのは。」

懍「まだもち米は残っていますね。調理係に言ってください、赤飯を炊くようにと。」

水穂「間に合いませんよ。」

懍「いえ、間に合わないでもいいのです。」

水穂「わかりました。」

と、急いで食堂に向かっていく。


数分後。製鉄所に到着する秀。しかし、製鉄所の中からは、煙が出ていない。と、いうことはたたら製鉄が操業していないということだろうか?

秀「教授、また見学に参りました。もう、製鉄は終わってしまったのですか?」

しかし、返事はなく、何かうまそうなにおいがする。秀は苛立ってドアを開ける。

水穂「お待ちしていました。今日は、大事な集いがあり、製鉄はとりやめて皆さん食堂にいます。なので、今日はタイミングが悪かったとして、お引き取りを。」

秀「あなた、お体はもういいのですか?どんな集いがあるのか見てみたいです。」

水穂「大したことじゃありませんけど。」

秀「いやいや、集いというものは学校にもあります。その進行の仕方を見学してもいいでしょう?」

水穂「まあ、その程度ならいいでしょう。こちらにいらしてください。」

と、秀を食堂へ連れていく。

食堂に入ると、赤飯のにおいが充満していた。製鉄所の寮生全員が食卓に着いていた。

調理係「さあ、お赤飯ができたわよ。もうすぐケーキも焼けるから、たくさん食べてね!」

給仕係が、赤飯を茶碗に入れて、一人一人に配る。テーブルには、まるでクリスマスに食べるのではないかと思われるごちそうが置いてある。

秀「いったいこれは?」

懍「ええ、昨日大学に合格が決定した園田節子さんのお祝いの会を開催しているのです。」

秀「大学に合格?」

懍「ええ、園田さんがですよ。あなたが引っ掻き回したせいで、彼女は一時期自暴自棄になりましたが、無事に大学に合格することができました。それを祝ってやって、何が悪いのですか?」

寮生A「全く、製鉄作業だってあんなに一生懸命やってくれたんだから大丈夫だと、俺は何回も彼女に伝えたよ、そこから立ち直ってくれるには、たいそう時間もかかったぞ。」

女性寮生A「私には、全く口を利かなくなってしまって、私も正直困ったわ。」

村下「突然製鉄に来なくなってしまって、鉄瓶つくりが中断したら困るじゃないかと俺もさんざん説得した。」

調理係「それだけ他人に迷惑かけているけど、節子ちゃんのことがみんな好きだから、こうしてお祝いしてやりたくなるのよ、ね、教授。」

懍「ええ、そういうことです。彼女は、きちんとした目的意識もありますし、ただの根無し草ではありません。だから、彼女が自暴自棄に陥ったときに、励ましてやりたくなるんですよ。人間とはそういうものです。じゃあ、乾杯といきますか。」

秀「ちょっと待て。人間とはそういうものだと言いましたが、具体的にどういうものなんですか?」

女性寮生B「私が、問題の答えが出ないとき、こうしてやったらどうかとアドバイスをくれました。」

寮生B「俺は、彼女が天秤鞴を動かすのは正直無理だと思ったが、いい声で姉こもさを歌いながら、一生懸命女であっても動かそうとしているのを見て、手伝ってやろうと思った。」

寮生C「鉄づくりだけではありません。調理係のおばちゃんのカタモミはしたり、厨房の掃除を手伝ってくれたりして。」

寮生D「こんないいやつなんだから、お祝いしてやりたくなるんだよね。」

秀「そんなこと、機械があれば、誰でもできる仕事ですよ!」

寮生E「それがね、そうとも言い切れないんですよ。俺たちは、そんなふうにはっきり言い切れる人間ではないからこの製鉄所に人身売買のような形で来てるわけですから、そのような人間にとっては、人間の声ぼど、究極の癒しはないんですよね。」

女性寮生B「まあ、学校の先生にはわからない心理でしょうけどね。あたしたちは、勉強ができないのも、ここに来る理由の一つだけど、このレッテルから脱出するには、すごい時間もかかるのよ。彼女はその背中を押してくれるような存在かな。」

女性寮生A「だから、何かしてお返しししたくなるもんなのよ!わかる?」

秀「じゃあ、園田さんに聞きたい。なぜ、そのような無価値なことを、平気でやれる?」

節子「ええ、私は、勉強したいという気持ちはすごくあったけど、あまり上手にこなすことはできませんでした。だから、学校の先生や同級生に平気でひどいことを言われました。でも、私は、ここへきて、それを水穂さんやほかの皆さんに聞いていただくことで、立ち直ることができたのです。だから、同じ苦しみを持った人を助けてあげようと、心に誓いを立てました。それ以来、やらずにはいられなくなったんです。人助けを。」

懍「そういうことです。まあ、現実の世界では、確かに機械がすべてしてしまうことではありますけれども、彼女はそういう存在なんですよ。」

秀の顔から血の気が引く。目の前で大きな雷が落ちた気がした。

秀「助け合いなんて、そのうち消滅していくことでしょうね!」

と、インターフォンが鳴る。

寮生A「あ、杉ちゃんたち来ましたよ、教授。」

門の前に一台タクシーが止まった。運転手の手助けで、杉三と蘭が出てくる。

杉三「こんにちは。教授から聞きました!節子さん大学合格おめでとう。とりあえず、これは僕からのプレゼントだ。」

と、一枚のたとう紙に入った着物を手渡す。節子はそれを受け取る。

寮生B「節子ちゃん出してみてよ!」

節子「はい。」

と、たとう紙を開けて着物を出してみる。赤い色の訪問着。松の柄が金糸ででかでかと刺繍されている。

杉三「やあ、急いで縫ったから、へたくそな訪問着になってしまったが、使ってみてくれ。小振袖ではないので、卒業式には使えないけどね。」

節子「杉ちゃん、どうもありがとう!大切に使わせてもらうわ。」

杉三「いや、大したものではないけれど。」

女性寮生A「訪問着縫えるなんて杉ちゃんすごいわね。和裁技能士一級取れるわよ。これで、辛かった過去を忘れて、一生懸命大学で勉強できるわね!」

杉三「変わりたいときは、外見を変えるのが一番いいからね。ちなみに僕は、あきめくらなので、和裁技能士の試験は受けられないけど。」

蘭「僕からは、、、これです。杉ちゃんのプレゼントに比べると、貧弱かもしれませんが。」

と、小さな箱を手渡す。

節子「開けてみていいですか?」

蘭「どうぞ。」

節子は丁重に包装された箱を開けてみる。中には金を用いた、立派な万年筆が入っていた。

女性寮生B「わあ、すごい立派!節子ちゃん、改めておめでとう!」

全員拍手をする。

蘭「僕のことも杉ちゃんのことも、本当に良く手伝ってくださいました。僕たちは立って歩けないわけですから、お礼をしなければいけないと思ってましたから、この場を借りて、お礼をしただけです。」

杉三「そうそう。それをしてからのほうが、よほど勉強しやすいって言っていたけど、本当だったでしょう。受験生だからと言って、他人に冷たくするのを免除されるという法律はどこにもないからねえ!」

秀は、これらのやり取りを聞きながら、はじめは怒りが体中をめぐっていたが、次第に別の感情が湧き上がってきた。杉三に何か言いたかったが、言おうとしてわからなくなった。











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