第3話


ザワザワ、と意味のなさない雑音に包まれた教室は自分の存在を包み隠してくれるような気がして心地が良い。

教室に入った俺はそんなことを思い、自分の席へと直行する。

よっこらせっと座りふと教室の時計に目を向ける。

黒板の右上の方に取り付けられた時計は8時半を示していた。あと5分でHRが始まる。

そうと分かればすかさず英単語帳を開く。

暗記は時間ではなくて回数なのだ。

一時間ぶっ続けで英単語をやるのと、5×12回に分けて覚えるのとではまるで覚えが違うのだよ。


と、いつものように何千回何万回と繰り返されたはずの日常が今日も。

終わるはずだった。


立夏の肌を突き抜けるカラッとした心地の良い風が頰を横切り、それに揺られた髪がこれまた頰を撫で、こそばゆさに顔を顰める。

そんなドライな風とは対照的に、周りのクラスメイト達の表情にははっきりと表面的に出さないものの、若干の興奮を孕んでいるのがわかった。

理由は心当たりがある。

球技大会。そういえば今日は5、6限が球技大会なのである。

球技大会とは、数少ない学校行事の中の一つであり、ドッチボールやらバレーなどをクラス対抗でやる行事だ。

恐らく運動部の奴らは数少ないこの活躍の場を逃すまいと、気合いを入れに入れているのであろう。

俺の参加する種目はドッジボールであり、この種目にはなんやかんやクラスのうるさい奴らが集まることが多い。特進クラスといっても、やっぱりそういう奴はいるのだ。

ああいう奴らは恐らく話してみると楽しいのであろうが、今更話しかけるわけにもいかないしな。

そんなことを思いながら開始五分前にになったのだろうか、体育係が皆にコートに移動するように呼びかける。お仕事お疲れさん。

周りは「めんどくセー」「かえりてー」

などという奴らがおおいが、そういう奴に限って運動部のエースだったりするのが世の常。

嘘つけ、と心で毒づきながら俺も足を動かし自陣たるコートへと向かう。

ふと前を見た時に、ある女と目があった。

俺はそいつの名前を知っている。

黒川鈴鹿。

俺と同じく文芸部に所属する人間である。


俺の姿を捉えると同時に黒川はこちらへ小走りで走ってくる。小動物を連想した。

「やーやー。張り切ってますなー」と、肩にも届かない黒髪を揺らし、その低い身長にぴったりな甲高い声で話しかけてきた。


「何いってんだ」


「嘘だよ。本当に帰りたそうな顔してるもんね」


黒川は俺が高一の時から同じクラスで、文芸部員仲間だとかでなんやかんや話しかけてくる奴である。きっと悪い奴ではない。


「まあな。こんな暇あったら数学のチャート式解いてるわ」


「うわー出た勉強オタクめ。もっと遊ぶべきだよ。よく遊び、よく遊べ!」


「遊びっぱなしじゃないか。そんなんじゃロクな大人になれないぞ」


むむーっと、黒川がリスのように頰を膨らませようとしたその瞬間、試合を開始する甲高いホイッスルの音が聞こえた。


「うわわ!はじまった!」


と、俺が前を相手コートに目を向けると同時に何かがすごい速さで近づいてきた。

ボールだった。

恐らく運動部のやつが皆の注目を浴びるための第一の餌として俺たちを選んだらしい。

俺の予想では恐らくこれは黒川の顔面に当たる。黒川は驚いて固まっている。

はあ。まあ、先に当たっといた方がいいか。

わずかに足を出して、黒川の前に立ったと同時に物凄い衝撃が体に走った。

そっからの記憶がない。

端的にいうと気絶した。

この日ほど体をもっと鍛えておけばよかったと思った日はない。











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ガリ勉の俺だが最近妹が絡んできてウザったい @4368

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