第2話

ピピピッと、目覚ましの機械音のアラームが曖昧とした意識を徐々に明確にさせ、朝が来たことを告げる。

まだ過ごしやすい気温ではあるが、これがそのうちあの夏のジメジメとした不快な空気に変わるのか、と、あと一ヶ月もすれば訪れるであろう夏の訪れを僅かに憂いながら、1日をスタートすべくカーテンから射す光に目を徐々に慣らしつつ、目を開く。

視界に映るのはいつもの白い天井、と思いきや眼前に映るのは妹の顔だった。


「うおお!?」


「むふふふふー。おはようでございます」


かなりビビった。本当にやめてほしい。俺はかなりのチキンと全俺で評判なんだぞ。

英語のテキストを音読している最中に家族が俺の部屋に入ってくる時ぐらい焦った。分かりづらいか。

日本人であるからして、やはり自分の拙い英語の発音を聞かれるのは身内であったとしても恥ずかしいものなのだ。うん、わかってくれる人いないよなぁ。

でも、今は英語/発音とGoogle先生に尋ねればいくらでも情報が得られる時代になったので、恥ずかしさを解消すべく日々ユーチューブの発音の動画や、英語のフレーズの動画を見る俺であった。わあクソどうでもいい。

そう。そんなことはどうでも良くて、問題は妹が俺の部屋で、俺の寝顔をみて、ニマニマしているのが問題なのである。


「なんでここにいるんだよ」

若干語尾が荒くなってしまう。寝起き悪いんだよ俺。


「ちょっと〜。せっかく起こしに来てくれた妹に感謝の言葉もないの?」

と、ぷくーっとハリセンボンのように頬を膨らませる。むしろリスかハムスターみたいだな。


「そもそも頼んでない」


「でも、驚いたから目は覚めたでしょ?」


確かに、と妹の言葉に納得してしまう。朝の誘惑の強い眠気はいつの間にか消え去り、

おれの1日はとうに始まっていた。

まあ、たしかに邪険にするのも良くない。折角の好意なんだし。

あら、俺ったら大人でイケメン!具体的にはシャワーを浴びているときの鏡に映る自分を見ているような感じ。

写真と鏡ってどうしてああも写り方が違うのか。写真の俺の顔を見たときは絶望したくなります。


「まあ、そうだな。ありがとさん」


「いえいえ〜。どういたしまして」


にんまりと、つい最近までは見ることのなかった妹の不思議な笑み。まあ、可愛いからいいか。


そのままベッドから起き上がり、顔を洗い、飯を食べる。そのまま学校へ直行である。

行きも帰りもストレートな俺かっこいい。

単に一緒に寄り道する友人が居ないのは言ってはいけないタブー。

時計の針は7時と15分を指している。高校が始まるのが8時35分だから、高校生としては早めの登校と言える。


「行ってきまーす」

いつものように声を発する。別にこれは返事を求めているわけではなく、なんとなくこの言葉をを言うことによって、俺の学生としての1日が始まるような気がするから言っているのかもしれない。


「いってらっしゃい」

と、妹の声。


けれど、やっぱり、見送りは嬉しい。



ギッコギッコと錆びついたチェーンが音を鳴らす。中2の時に買ってもらった自転車は未だに健在だ。

俺の住む地域はかなり田んぼが多い。まあそれでも田舎というわけでもなく、近くにレジャー施設やイオンなどが結構あるのだが、まあ都会と言えるほどではなく、何もかも中途半端だった。

と、自転車を走らせ、時折ぶつかってくる小蝿の大群に顔をしかめながら学校へ到着し、自転車置き場に到着。

自転車をガシャコンっと置く。周りには部活の朝練の連中がちらほらいるくらいだ。

俺はというと朝練など勿論なく(一応部活には所属している。文芸部だ)何をするのかというと勿論勉強である。

『学』生たるもの学問をおろそかにする奴はけしからん!と内心誰にいっているのかわからないが呟き、足を進めた。

てなまあそんなわけで一旦教室に行き、荷物を自席においてから物理のテキストを持って図書室へ向かう。そのテキストはかなり使い込まれている。所々黒ずみ、表紙の文字も霞んで見えづらくなっている。端的にいうと、ボロい。

物理は繰り返しが大切なのじゃ。


「おはようございまーす」

と図書室の司書さんへ挨拶を欠かさない。


「あらおはよう。今日もえらいわね」

と微笑を湛え、素直に毎日くる俺を感心しているようであった。


実際、俺はこの司書さんに会うために来ている可能性が無きにしも非ず。というかそれ目的である。

この司書さん、28歳とこの前言っていたが、なんというのだろうか、若い20歳のキャピついた可愛さというよりは、大人のちょっとエロチックな雰囲気をもつ、所謂美人さんである。

名前は伊藤佐江さんと言うらしい。ちなみに俺は高村ユウキである。妹は高村楓。どうでもいいか。


俺はそのまま、席へ座り、物理のテキストをやり始めた。今は熱力学をやっている。ボイルシャルルだのマイヤーだのの公式のやつである。

吹奏楽部の奏でるルパン3世のテーマが聞こえてくる。それ以外には音は何も聞こえない。


「あら、今日はなんのお勉強をしているのかしら」


と伊藤先生がいつの間にか俺の隣に来ており、体を屈め、テキストを見ている。と言うか近いよおオォォいい匂いだよぉ〜。ルーズな服からは谷間が覗き、こちらもその谷間を覗き込む。うわあ最低。

チッチ。こちらが谷間を覗く時、谷間もまた、こちらを覗いているのだよ。

ちなみにlooseの発音はルースである。結構間違えやすいから注意だよ!


「ふーん。物理ねえ。私文系だったからよく分からないわ。よく分からないまま始めて、いつの間にかよく分からないまま終わっていたわ」

と、呟く伊藤先生。(厳密には先生ではないが、俺はそう呼んでいる)


その言葉にはギクリとさせられる。それは、もしかしたら俺のこの高校生活のことなのかもしれないと、俺の生き方なのかもしれないと、そう思ってしまった。


「あー。もうエッチなんだから〜」


とからかったような声で先生が言った。俺が谷間を必至にチラ見していたのを気づいたようだった。


「いや、それは、、、その、、、」

言い訳できない。なにせガッツリ覗き込んだりしたしな。わあ変態ゴミ屑。


「フフフ。まあ、ユウキくん真面目だからたまにはいいかも知れないわね」

と言い、伊藤先生はその場を離れた。


今日も絶好調である。

その後はウキウキで物理のテキストを解きまくった。


朝のチャイムが鳴り、いつの間にやら窓の方からは多数の生徒の声が聞こえてくる。

むんっ!と伸びをし、固まった筋肉をほぐしつつよっこらせっと席を立ち、教室へ向かう。

廊下には先ほど外から聞こえてきた声と同種の声が、今度は響きを伴って鼓膜へと入ってくる。その反響がこそばゆくて、足早にその場を去った。


そういえば何故俺が窓側の後ろから二番目という神懸かり的な席を得ることができたかをまだ説明していなかった。

この、俺の所属する2年8組は所謂特進コースという奴で、難関大学志望の意識高い系が集まるクラスなのである。

したがって、担任の教師も当然受験ガチ勢なのであるが、そいつが『スーパーセブン制度』という制度を設けたのだ。

まあそんなに神々しいものではないのだが、あらゆるテスト毎に(定期テストや模試、実力テストなどだ)席替えをし、上位7人が自由に席を選べるというものである。

それにより俺はこの席を確保できたということである。

まあ今後も俺の席が変わることは無かろう。






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