ガリ勉の俺だが最近妹が絡んできてウザったい

第1話

「したがって、相加・相乗平均の関係より、、、」


カリカリというペンを走らせる音。その芯が時折折れる音。誰かが貧乏ゆすりをする音。絶え間ない衣擦れの音。

数学教師の大きな声に隠れた雑音たちは、自分の居場所を探しているように、かすかな音をたて続ける。

教師が黒板に文字列を書き始めた瞬間、前の席の奴の背中に自分の問題集を隠し、授業そっちのけでその問題集を黙々と解く。所謂内職というやつだ。

これは高校一年生の時からずっとそうだったので、いつしか俺が内職をしているのを見つけても、教師は何も言わなくなった。

元々、というか主に主観だけれど、数学教師には合理的な人間が多い気がする。

授業の目的をわかっている、とでもいうのか。

授業とは本来わからない人のためにあるのであって、わかっている人間には無価値に等しいのである。価値観皆違うというか。

だから、わかっている奴は授業を聞かなくても良いというスタンスで授業をする。

それだのに、とくに文系の教師は、何がなんでもも授業を受けさせようとする。全く合理的ではない。

教科書に書いてあることをわざわざプリントに書かせる。内職をしようとすれば平等云々詭弁を撒き散らし、なんとかして自分のこと授業を受けさせようとする。

俺は元々理系に進むつもりだったので、受験に使わない科目を勉強させられる側にとってはたまったものではない。

まあ、もう過去の事だけど。けれど、なんだかんだ日本史やら世界史を定期テスト毎にかなりの精度で仕上げてしまうのは、何故だろうか。今思えばその理由を見つけることはできない。

これからもきっと、意味もなくやってしまうことも、やらなければならないことも、たくさんやるのかもしれない。

そう思うとげんなりした。


現在は高校二年生の六月。風もまだ夏には及ばないけれど、時折吹く湿り気のある不快な風は、間も無く訪れる夏を連想させる。

この偏差値60(というかこの偏差値は一体どこのデータなのだろうか)というまあ、普通の地方の公立高校に俺は入学した。

その理由は、単純に家が近かったから。

自慢ではないが、入試では毎年東大が30人ほど出ている県内一の公立高校に受かる点数は取れていた。わあこれただの自慢。まあ、高校受験なんて大学受験に比べれば遊びみたいなもんだからな。

閑話休題。

しかし毎日電車に乗って登校するのと、自転車で10分で登校するのを天秤にかけ、結局後者を選ぶことにした。

おかげでぼちぼち(何がぼちぼちなのか自分でもわからない)の高校生活をしている。


と、放送前の独特の雑音の3秒ほど後、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、教師の「終わり!」という声とともに皆一斉に席を立ち、

「「ありがとうございました」」

あっという間にさっきの授業の静けさが嘘のように教室が賑わい出す。

各々やれ授業が難しいだの、眠いだの徹夜しただの四方山話をあちらこちらで咲かせる。

俺はふと思う。あれは会話と言えるのだろうか。

よく聞いてみると、あれは各自が自分の喋りたいことを話しているだけのように思う。

ほとんどの人は相手が話している時、自分の話す内容を考えているのだ、と、いつだか中学校くらいの時にテレビで見た知識が想起される。まあ、どうでもいいか。高校入ってからテレビなんて見てないし。


さわれともあれ、俺はこの後ろから二番目の窓際という最高の席に王のごとく鎮座し、次の授業が始まるまでの間、作業ゲーである漢字の書き取りをする。書き殴る、と言っていいかもしれない。

これは学校の課題でなかなか量が多い上に、やらなかったらペナルティーが大きいので、毎放課にはこれをやることにしている。

1日約10×6分の放課があるので、有効利用である。

と、チャイムが鳴り、今度は英語E(主に英作文や文法の授業。まあ、内職の時間である)の教師が入ってきて、再び授業が始まった。


とまあ、こんな感じで俺の日常は過ぎ去る。

どうせ学校が終わっても塾へ直行9時まで勉強して、家に帰って暗記をして寝る、という一種のルーチンをかれこれ一年続けている。

これは後残りの高校生活の二年変わりそうにないし、寧ろ変わりたくないとさえ思っている。


「ただいまー」

っといつもの定型句をともにドアを開け、靴を脱ぎ、自室へ向かう。

「おかえり」

という母の声はかれこれ16年も聞いているので、なんだかんだこの声を聞くと密かな安心感を覚える。マザコンなのだろうか。というか親と仲が悪い自慢してくる奴のウザさは異常。それ恥ずかしいことだから。

大人には大人たる所以がはっきりと存在するのだ。

子供には背負いきれない責任や、財政的な援助。何よりも俺ら子供よりも世の中をずっと知っている。

その厳しさも。汚さも。

閑話休題。

「うーい」

挨拶とも返事ともつかない声で返事をしながら、階段を登り、自室へ入る。

と、ベットには妹が寝転がって、俺の密かな趣味である漫画を読み漁っている。

と、部屋に入ってきた俺に気づいたのか、顔を緩ませ

「おぉ!お兄ちゃんおかえりなさい!」

と挨拶。

細められた目には本当に幸せそうな雰囲気を見て取れる。

「おーい。漫画読んでもいいけどしっかり元の場所に戻しておけ」

「ちがうもーん」

何が違うのか。

「全部読み終わったら片付けようと思ってたの!」

「そうか。ならいいか」

いやよくないですね。このやり取りは俺が高校二年生になってからほぼ毎日続いてますよね?

なに、嫌がらせなのん?

まあ俺は些細な理由で妹と喧嘩はしたくないので、潔いふりをしてせっせと妹が読み終わったであろう漫画を本棚へ詰める。

本棚はその人間がありのままに出る、とどこかで聞いたことがあるが、この漫画だらけの本棚には、一体俺のなにが象徴されているのだろうか、と、ふと思った。


妹は再び漫画を読み始め、俺はそれを気にせずカバンに入っている学校の用具を一旦全て出し、勉強机の、教科書用本棚のような場所に教材を置く。

「お兄ちゃんはいつも勉強ばっかりしていますね〜。感心感心」

といつの間にか背後に回っていた妹が、声を発する。

「うおっ!?」

結構びっくりするからやめてほしい。

「あはは、驚いてやんの」

「、、、」

結構恥ずかしい。というかメッチャ恥ずかしい。

顔が赤くなるのを感じて、咄嗟に何かを言おうとするが、うまく言葉にならない。

この戸惑いはなんだろうか。


妹は今年で中学三年生だ。まあ、俺は、高校受験は中三の夏から始めればどこの高校も受かると思っているのでそこまで口うるさくは勉強しろとは言わない。

ふと。

この妹の成績をそう言えばよく知らないことに気がついた。

そう。知らないのだ。結構いやかなり仲が良さそうに見えるが、つい最近まで、具体的には俺が高校二年生になる前まで、実はかなり仲が悪かった。

顔を合わせれば何故か『チッ』という舌打ちが飛んできたし、『もう!あいつのパンツと私のパンツ一緒に洗わないでよ!』と、母に言っていたことも覚えている。

正直それを聞いた時まじで泣きそうになりました。それって俺の親父に言う台詞じゃねえのかよ。

この変わり様の原因は一体なんであろう。

特になにかしらのトリガーがあったわけでもないように思える。

おれが高校に行く前までは妹と親しくしようと(今思うと結構危ないな)なんやかんや話しかけては無視され、いつの間にかこれが普通なのかと、世の妹を持つ兄の悲しさを味わい、いつしかそれほど話さなくなった。

俺が中学三年生の、後半になってからは全くと言っていいほど口を聞いていない。

「ん?どうしたの、お兄ちゃん」

ニコニコと、不気味にすら思えるその笑みに、俺は僅かに身震いをした。

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