第4話 このシートは、ちょっと狭いです

「とりあえず、その人と連絡は取れないの? 電話番号とか聞いてない?」

ひとまず僕はそう聞いた。

「電話! うおお! 天才ですかリョウ! そうです、この世界には魔力がなくても遠方と通信できる手段があるんでしたね! そういえばなんか電話番号的なものをもらっていました!」

なんだかこの程度のことでほめられるとむずがゆい感じがする。


 僕のスマホをエレナに貸して、電話をさせる。

「あっ! 武田さん!? 武田さんですね!? 私です! エレナです! エレオノール・カトリーヌ・ドニュエル・ド・ラ・プレニュです! ええ、ええ。いやー、参っちゃいましたよぉ~」


 それからエレナはしばらく話し込んで、どうやら話がついたらしい。

「リョウ、今から秋田駅に向かってください。武田さんが夜行バスを予約してくれました」

「は? マジで?」

 そういうことになった。


「リョウ、私、夜行バスに乗るのは初めてです。ドキドキしますね!」

 秋田駅のロータリーから、僕たちは大きなバスに乗って、東京へ向かう。親には友達の家で勉強合宿をすると言って出てきた。どうせ1日か2日のことだ、なんとかなるだろう。


 バスの座席は1列につき2×2席の4人掛け。

 お世辞にも広くて快適とは言えない。

 少し動いただけで、隣に座ったエレナと、肩か肘がぶつかってしまう。


「リョウ……? どうかしましたか?」

 黙っている僕を見つめて、エレナが心配そうな声で聞く。

「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」


 僕の答えに、エレナは少しうつむいて、小さな声で言った。

「リョウ、あなたを無理やり巻き込んでしまったこと、怒っていますか?」

「そんなことないよ」

 僕はそう言って、エレナの横顔を見た。

 僕とは明らかに人種が違うものの、年齢は中学生くらいに見える。


「……エレナは、どうして一人でこっちの世界に来たの? その、お父さんとか、お母さんはどうしてる?」

 疑問が、つい口に出た。

 エレナは、ちょっと迷ってから、なんでもないことのような口ぶりで答える。

「お父さんとお母さんは、死んじゃいました」


「……ごめん。嫌なこと聞いて。それって、魔王にやられたの?」

「いえ、私があの世界に行く前、もっとずっと昔のことです。私がまだ小さいころ、私たちが住んでいた世界に、プレインズウォーカーが来たんです」

 バスは、秋田の駅を離れ、高速道路に乗る。

 車内の照明が落ち、車内は暗くなった。乗客たちはシートを倒し、横になっていく。


 シートを僕と同じ角度まで倒すと、エレナは声を落として続けた。

「プレインズウォーカーは、通常の魔術師たちの位階からは外れた、桁違いの魔力を持っています。私の両親も魔術師でしたが、プレインズウォーカーには手も足も出ませんでした。父と母が死に、世界が燃える中で、私も死ぬんだろうなと思いました……リョウ、聞いていますか?」


「うん。聞いてる」

 車内には、エンジンの低い音と、乗客たちの密やかな話し声が満ちている。僕たちの声も、その中に紛れて、融けていった。


「いよいよ魔術師が私を手にかけようとしたとき、私の中で何かが弾けたのです。私の体は光に包まれ、次の瞬間には、まったく別の世界に移動していたのです。それが私の、プレインズウォーカーとしての覚醒でした」


 エレナの声には、複雑な感情が込められていた。

 それは、悲しみなのか、誇りなのか、僕にははっきりと理解することができない。

「それから私は、ずっといろんな世界を旅しています。プレインズウォーカーとしては、まだまだ半人前ですけど、もっと力をつけて、世界を守れる人になりたいと思っています。悪い魔術師が、世界を滅ぼそうとしても、それをやっつけられるくらいに、強い魔術師に」


 エレナの気持ちを理解することはできなかったけれど、僕には、彼女が語る夢物語のような内容が、彼女の世界で本当に起こったことなのだということだけはわかった。


「僕にできることは、少ないかもしれないけど」

 エレナは、隣のシートから、僕の目をじっと見つめながら、僕の言葉を聞いていた。

「できるだけ、力になりたいと思う」


 他には、何も言うことができなかった。

 それでも、エレナの声は明るいものになった。

「……ありがとう。ねえ、リョウ」

「なに?」

「肩を借りていいですか? このシートは、ちょっと狭いです」

 エレナはそう言って、僕の肩に頭をポンと置いた。

「うん。それくらいのことなら、いつでも」


 ほとんど間もなく、エレナは静かな寝息を立てながら、眠ってしまった。

 よほど疲れていたのだろうか。

 僕も明日に備えて眠ろう。エレナがこちらの世界にいられるのは、あと1日だけなのだ。

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