第5話 例のブツなんですが

「な、なんだ、ここは……」

 バスを降りて少し歩くと、僕の目の前には信じられないような光景が広がっていた。


「大げさなリアクションやめてください、恥ずかしいですよ! 来たことはなくてもテレビとかで見たことがあるでしょう? これが渋谷駅です」

 エレナが僕をたしなめる。


 しかし僕にとっては、これこそ異世界だった。

 平日の朝だというのに、見渡す限りひしめく人、人、人。

 信号が変わるたびに、その人の群れが一斉に動く。


「これがスクランブル交差点か……撮影のために大げさにやってると思ってたけど、マジで毎日人がこんな動きをしてるんだな。正気の沙汰じゃない」

「それより、武田さんのお店に行きましょう。この時間なら、もうすぐ開店するはずです」


 時刻は9時半を少し過ぎている。

 僕たちは武田さんから送られてきた地図をもとに、目的地へと向かった。


 渋谷駅から青山方面に坂を上がり、青山通りの手前で細い路地に入る。

 渋谷と青山の境目のような場所だ。

「ここですね」

 エレナが立ち止まる。目の前には、とんでもなくおしゃれな美容院があった。


「すみません、武田さんに会いに来たんですが……」

 あまりのおしゃれ感に圧倒されながら、僕はお店に入り、店員さんにそう告げた。

「ああ、秋山さんですね? お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 店員さんはにこやかに僕たちを迎え入れると、三階の事務所に案内してくれた。

「いちばん奥の部屋がオーナーのお部屋です。どうごごゆっくり」

 そう言い残して去る店員さん。

 僕は、自分の心臓が早鐘を打つのを聞きながら、その部屋の扉をノックした。


「いらっしゃ~い!」

 ノックした瞬間、ドアがガチャリと開き、背の高い男が現れた。

「あら~、久しぶりじゃないエレナちゃ~ん! 元気してた~?」


 男……。

 そう、現れたのは間違いなく男だった。シャツの大きく開いた胸元からは豊かな胸毛が見えているし、均整の取れた肉体は分厚い筋肉でおおわれている。けれど、そのしぐさは完全に、いわゆる”オネエ”なのだった。


「こちらが秋山クンね。ヤダ! イケメンじゃな~い! エレナちゃん意外と面食いだったのね!」

 僕たちを部屋に招き入れると、男は一方的にしゃべり続けた。

「あら、アタシったら自己紹介がまだだったわね! 改めて初めまして。アタシが武田誠二よ」

 

「初めまして、秋山了です」

 僕が名乗ると、武田さんは眉をへの字に曲げて礼を述べた。

「わざわざ来てもらっちゃってゴメンなさいね~。でも、エレナちゃんてば携帯も持ってないからさ、一人で来させるわけにはいかないじゃない? 何かあったら大変だもの。あなたがいてくれてよかったわ~」


「それで武田さん、例のブツなんですが……」

 エレナがさっそく物騒なことを言い出す。


「ええ、例の車は大丈夫。あなたが前に来たときと同じ場所にあるわ。ただ、あとでゆっくり話を聞かせてちょうだい。アタシとしては、決しておすすめできる方法じゃないからね」

 武田さんはちょっと苦笑いして、そう言った。

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