第6話 今回はエルフでお願いします

「エレナちゃん、衣装は回収できた?」

 武田さんが聞く。

 しばらく外に出ていたエレナは、ついさっき大きな袋を持って帰ってきたのだった。僕もちょっと外へ出て買い物をしてきたけれど、それとは比べ物にならない大量の荷物だった。


「はい。今回はエルフでお願いします」

 エレナは持ち帰ってきた袋から、不思議な鎧一式と写真を取り出す。

「これで、リョウをエルフに仕立ててください」

「ウフ。任せなさい。腕を振るってあげるわ」


 メイクをされながら話を聞くに、武田さんは若いころハリウッドで特殊メイクを学んだそうで、実際その技術は驚愕のクオリティだった。 

 エルフというものの実物は見たことがないけれど、小一時間ほどのメイクで、僕はどこからどう見ても映画やゲームに出てくるエルフの新兵のイメージ通りの姿になってしまった。


「準備は整いました。それではリョウ、作戦の確認です」

 エレナがいつになく真剣な口ぶりで言う。


「まず、例の車が置いてある場所の近くまで移動します。そこでリョウは向こうの世界に入り、ゲートを回収し、大宝物庫の前まで移動したのち、ゲートを再展開してください」

「えっ、マジで? 僕一人で?」


「そのための変装です! 大丈夫、前回の逃走で、大宝物庫のかなり近くまでゲートを移動させることができています。自分を信じて!」

 僕が不満げな顔をすると、エレナは僕の機嫌を取るためか、僕のことをほめ始めた。


「いやぁ~、そのエルフ姿、見れば見るほどイケメンだなぁ~。こんなイケメンがまさかここまで来て怖気おじけづいたりはしないよなぁ~。イケメンは心もイケメンってよく言うもんなぁ~」

「わかったからそのうさんくさい芝居をやめろ!」


 僕がうんざりして言うと、エレナは急に真顔になる。

「それに、無理にエルフのフリなんてする必要ありません。ひたすら無言で地図通りに歩き、目的地に到着したら周りを気にせず問答無用でゲートを開いて戻ってくればOKです」


 突然冷静になられると、とっさに反論できない。エレナはその隙に話をまとめにかかる。

「リョウが戻ったら、例の車で突入、門を強行突破し、台座に据えられた魔石を破壊すれば、ミッション・コンプリートです」


「こっちの世界の活動限界は夜明けまでだったわね。決行は深夜2時。それまで、あなたたちは体を休めておきなさい」

 武田さんはそう言って、僕たちに仮眠室を貸してくれた。

 不安はあったけれど、それよりも肉体的な疲労が勝った。眠りはすぐに来た。 

 

~~~~~~~


 そうして日付をまたぎ、2時。

 エレナが小さな声で言う。

「リョウ、準備はいいですか? ゲートの開閉はお伝えした通りです。ステッキで魔法陣を叩けば、魔法陣は宝石に変わります。その宝石を手にしたままステッキで円を描けば、そこに魔法陣が展開されます。制限時間は1分。それ以上かかると、大宝物庫への突入と魔石の破壊に要する時間が足りなくなってしまいます」


「了解。覚悟を決めたよ」

 僕がそう言うと、エレナは少し不安げな顔をして言った。

「……もし、命の危険を感じたら、すぐにゲートを展開して戻ってきてください。それで失敗してしまっても……リョウを恨んだりはしませんから」


「大丈夫。行ってくる」

 予行練習がわりに、僕はエレナから宝石とステッキを受け取り、円を描く。

 そして僕が魔法陣の中に足を踏み入れると、青い光が立ち昇った。


「落ち着け……平常心だ」

 異世界に再突入した僕は、一度深呼吸をして、地図を開く。

 ルートは十分頭に入っている。何事もなければ、40秒ほどで十分到着できる距離だ。

 僕は静かに足を踏み出した。


 大宝物庫の位置は、現在地からひとつ下の階だ。

 周囲に人の気配はない……と思って階段を下り始めたとき。

 

 来ている。

 下から人が。

 僕と同じ格好をした、エルフの兵士だ。

 完全にすれ違う流れ。

 なんとか無難にやり過ごしたい。

 僕は地図を眺めて、気づかないフリをすることにした。


 ごく自然に、ゆっくりとすれ違う……。

「あれ? そこのキミ」

 エルフが僕の背後から声をかけてきた。


 落ち着け。まだ焦るような段階じゃない。

 声をかけられるところまでは覚悟していた。

 気づかないフリをしてそのまま進む。

「……」


 相当不審には思われただろうけれど、それ以上追及はされなかった。

 背中にじっとりと冷や汗をかいたまま、僕は階段を下りた。


 あとはもうまっすぐに進むだけだ。

 かなりの人数の兵士たちが行き来していたけれど、人数が増えた分、僕は目立たなくなったらしい。気にせず歩いていく。


 しばらく進むと、大宝物庫の扉が見えてきた。

 たしかに頑丈そうな扉だ。その前に、門衛が2人、槍を持って立っている。

 関係ない。僕はできるだけ堂々と進み、門の真ん前に立って、ゆっくりとステッキで円を描く。


「おい、お前! 何をしている?」

 エルフの声は無視する。

 エレナからの注文は「最低でも半径2m以上の円」だ。

 多少大きくなってしまったけれど、問題ないだろう。


 僕はそのまま壁に描いた魔法陣に触れる。

 エルフたちが大声を上げているけれど、後の祭りというやつだ。

 さて、僕の任務はここまで。

 ついに準備は整った。

 あとは、大宝物庫へと突入し、魔石を破壊するだけだ。

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