第11話 今ならできる気がします

 蜘蛛の眼が、カメラの焦点を調節するように、ぐりぐりと動く。

「おお……思い出した。ミラディアの娘だ。ミラディアは優れた魔術師だった……私に大量の魔力をもたらしてくれた……その娘が、よもやプレインズウォーカーとして覚醒していようとは……」


「汚泥の蜘蛛よ。いつか会えると信じていました。父と母の、そしてお前が破壊した無数の世界の人々の無念、今こそ晴らします」

 エレナは、蜘蛛の前に敢然として立つ。


 不気味な音を立てて、蜘蛛がわらう。

「ミラディアの娘よ……我が弟子となるがよい。永遠の命と魔術の秘奥、そして正気を失うほどの快楽を与えてやろうではないか……」


 巨大な蜘蛛の脚が、エレナを襲う。

 その脚を、エレナは輝くステッキで軽く受け止めた。


 その一撃を開戦の合図として、エレナと蜘蛛の、常識をはるかに超越した戦いが始まった。

 ルクレツィアが、僕を引き起こして言う。

「あなたも逃げなさい!早く!」


 蜘蛛とエレナの戦いは、一進一退。

 しかし、少しずつエレナが押されているように見える。


「……嫌だ! 僕は逃げない!」

 ルクレツィアの手を振り払って、僕は言った。

「何を馬鹿な……! 常人がプレインズウォーカー同士の戦いに立ち入ることなどできません!」

「やってみなくちゃわからない!」


 言うなり、僕は走った。

 エレナのほうにではない。

 大広間の端へ。

 そこには、僕にも扱える武器がある。


「動いてくれ! マローダー!」

 僕は装甲車へと乗り込み、アクセルを踏む。

 幸いなことに、エンジンはまだ生きている。


 震える足に力を込め、アクセルを踏みぬく。

 エンジンが雄叫びを上げた。


 蜘蛛が、一瞬こちらを見た。

 蜘蛛の表情というものが僕にはわからないけれど、そのとき、僕には蜘蛛が、はっきりと驚いているのが見て取れた。


「くたばれ化け物!」


 蜘蛛の腹に、マローダーが激突する。

 大きく揺らぐ蜘蛛の体。

 同時に、蜘蛛の足が車体を蹴り飛ばす。

 10トンはあろうかという装甲車が宙を舞った。

 その時、エレナの放った光の矢が、蜘蛛の腹に突き刺さるのが見えた。


「……リョウ! リョウ! 大丈夫ですか!?」

 意識が飛んでいたらしい。

 ひっくり返ったマローダーの車体から、僕の体がエレナの手で引っ張り出される。


「なんて無茶を……でも、おかげで蜘蛛の動きを止めることができました」

 見ると、広間のすみで、腹から血を流しながら、蜘蛛があえいでいる。


「くそっ……あれでも死なないのか!」

「……普通の方法では、プレインズウォーカーを殺すことはできません。でも、私はその方法をずっと研究してきました。私なら、あれを無にかえすことができます」


 そう語るエレナの声は、どこか悲壮な決意を感じさせるものだった。

「そのためには膨大な魔力が必要です。今ならできる気がします。見ていてください、リョウ。私の命、ぜんぶ魔力に変えて、あいつを倒します」


 エレナのステッキが、異様な光を帯び始める。

「待ちなさい、銀月の魔女」

 エレナの肩を、ルクレツィアが掴む。


「あなたのような未熟な魔術師だけに、この世界の命運をゆだねるわけにはいきません。生命力を魔力に変換する術ならば、私にも心得こころえがあります。私の命を使いなさい。多少の手助けにはなるでしょう……おそらくは」

「ルクレツィア……!」


 エレナのステッキを、ルクレツィアが握る。

 ステッキの光は、より強さを増した。

「エレナ、命にえて倒すなんて言うな。生き残るんだ。三人とも。一人の命で足りなければ、三人で分け合えばいい」


 エレナが、強くうなずいた。

 広間のはしで、蜘蛛が立ち上がろうとしている。

 ステッキが、目もくらむような光を放つ。

「リョウ、この2日間、私はとっても楽しかった。最後にあなたに会えて、本当によかった」


 エレナの声が、遠く聞こえる。

 そうして僕たちは、真っ白な光に包まれた。

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