第1話「星霊」と「主人(マスター)」

「はぁ…、はぁ……っく!」


 空が紅く、その奥には闇の帳が迫る頃。街は買い物に出ていた主婦や帰宅途中の会社員、制服のまま遊びに出掛けたであろう少年少女達で溢れ返っている。少年はそんな街の中を全速力で走っている。道行く人から不振がられ様が構わない、ぶつかろうが構わない。なりふり構わず走り抜ける。


 目に付いた角を曲がり、青の信号を見付ければそちらへ進み、その行く先にはとても目的がある様な道行きをしていない。傍から見ればその様子は何かから逃げているかの様にも見える。


 そう、彼は逃げているのである。諸人からは見えないモノから、彼は必死の形相で逃げているのである━━━




 息も絶え絶えになり、足は棒の様になっている。少年は己の限界を感じ、暗く狭い路地裏へと忍び込んだ。

 辺りは既に暗闇が押し寄せ、暗い道へと逃げ込めば撒けずとも、隠れ仰せるのではないかと少年は考えた。日の沈む早さが際立つ季節に内心感謝しつつ、見付からない様奥へ奥へと進んでいく。


 この辺りで良いかと足を止め、暗い路地の中で腰を降ろす。と言うよりも、走り疲れて限界が来てしまったと言うのが本心だ。息を整えるため深く深く深呼吸をする。


「あーもう立てねぇ…

無理…しんど…足いってぇ…横っ腹いってぇ…ノド渇いたぁ…」


 少年は何でこんな事になったのか、暗い闇の中で思い返していた━━━



━━数時間前の事━━


 少年は何時もの様にある集団からサンドバッグにされている。それは比喩ではなく、その名の通り殴られ、蹴られ、日々のストレス解消が如く暴行を受けていた。ただその相手が砂袋ではなく、生身の人間であったと言うだけだ。


 だが、この日はいつもと違った。その集団の頭とも言える大柄の男が普段の様相とは違い、見えない所ばかりを狙う陰湿なものではなく、その傷痕が他人に見つかろうがどうでも良いとばかりにその暴力は彼1人に振るわれた。余程彼の琴線に触れる事があったのか、何時もならスッキリとした顔をして笑って帰っていくものが、今日に限ってはより一層の鬱憤を溜め込みながら去っていったのだ。


 皮肉にも殴られるのも蹴られるのも投げられるのも慣れてしまった少年が、今回ばかりは起き上がることも億劫になるほどのダメージを負わされたのだ。


 眠いとぼやき、少年はボロ雑巾の様な様で学校の屋上で1人、眠りに就いたのである━━


 どれくらい眠っていたのだろうか…微睡みの中で誰かの声が聞こえてくる。

「……マ

お……ん……ル…!」

 うすらボンヤリとした声が次第にハッキリと聞こえてくる。

「ハ…マ!

ハル…!

いい加減起きろぉ!!!」


 その怒号に少年の意識は一気に覚醒させられた。


「な、何だ!?」


 困惑の表情で、回らない頭をフル回転させ辺りを見回す。だがそこにはコンクリートの床がある訳でもなく、青い空が広がってる訳でもなく、只々暗い闇だけが広がっていた。

少年はもう夜になったのではと思ったが、それにしては様子が違う。

闇━━

辺り一面闇で多い尽くされた空間とでも言えば良いか。そんな中少年は1人ポツンと座り込んでいる。


「あぁ…これは夢か…

もう一回寝よ…」


 そう口に出し決意を固め、少年は再び夢の中へと旅立とうと…

「そんなことはさせないんさっ!!」


 耳元でさっきと同じ声の怒号が聞こえた。


「!!!!!!?????

な、何だ!?」

「その台詞はさっきも聞いたんさ」


 声の聞こえた方を振り返ってみると、そこに居たのは腕を組んでこちらを覗き込んでいる人だった。腰まである長い桃色の髪に綺麗な緑の瞳、そして豊満な胸、モデルの様にすらりとした体型と顔付き、それはまるでお伽噺に出てくるかの様な完成された女がそこに居たのだ。

 そう、それだけならばその女に見惚れていたであろうが、その全てを台無しにするかの様な出で立ちをしていた様に、少年はこれは残念な美女なんだと直ぐ様頭の中にインプットしたのであった。どう見てもアニメ等のコスプレの格好をしている様にしか見えないが、別にそれをどうこう言うのではない。只々似合っていないのだ。


「な、何さそんな残念そうなモノを見るような顔をして…」

「いや、俺の夢なのに残酷なものを見せるのだなと思って」

「な、何の事さ残酷な事って!!」


 何だか見た目と同様に中身も残念だなぁとこの一言二言で少年は感じ取っていた。


「それで?俺は叩き起こされたんだが。

何の用だ?」

「一応まだ夢の中なんさ」

「あぁそう…

変な夢見てんな俺。」

「なんか物凄く投げやりな感じなんさね」


 変な喋り方だなと寝ぼけた頭で考える。呆れたような顔をしているその女は居住まいを正し真面目な顔で話し出す。


「では白峰シラミネ 春真ハルマ、貴方にどんな願いでも叶えるチャンスをあげるんさ」

「……………はぁ?」


 白峰春真と呼ばれた少年の頭の中はかなり混乱している。彼女の言われた言葉には彼を混乱させ得る様々な情報がある。少年は考える、何故見知らぬ女が自分の名前を知っているのかと、願いを叶えるとはどう言うことだと、彼女の言っていることは冗談ではないのかと。中々返事を返さない少年を覗き込む彼女の目には冗談や嘘を言っている様な目ではない。それがまた少年を困惑させる。


「一体、どういう…」

「だーかーらー!何でも願いを叶えてあげるって言ってんさ」

「………マジ、なのか?」

「マジ、なんさ」


 土台あり得ない事を言っている筈なのに、それを否定出来ない雰囲気が彼女から出ている。

 沈黙。男はその言葉を吟味する様に。女はその返答を待つ様に。



「願いが叶うなんて言われても叶えたい願いはない。それが俺の答えだ」

 それは彼の本心からの言葉。真剣な眼差しがその言葉が嘘ではないと物語っている。


「な、なんでさ!?あんたも人間だったら願いの1つや2つあるはずなんさ!?」

「願いがないと言えば嘘になるが、それは自分が現実に可能なものであって……いや、それは自分が自分の力で叶えないといけないものなんだ。だからシェ○ロンみたいに願いを言えと言われて叶えるようなものはない。これが俺の答えだ」


 夢の中だと思っているのに何故自分はこんなにも真剣に答えているのか。わからない。だけどきちんと答えないといけない様なそんな気がした。彼は心の中で自問自答をした。


「あ、あり得ないんさ…自分の置かれている状況をわかってるんさ!?あんな仕打ちをされて、それがずっと続いてるのにそれを改善したいと思わないんさ!?仕返ししたいと、復讐したいと思わないんさ!?」

「思わん!!」


 きっぱりと彼は断言する。その言葉に彼の迷いなどない。


「確かに俺の今の状況は良くはないんだろう。そんな事はわかってる。でも良いんだ。」

「貴方は人生を諦めてるんさ?」

「諦めてる…そうだな甚だどうでもよく感じているのは確かだ。」


 少年は何処か遠くを見ているかの様な目をしていた。


「ただまぁ何でも願いを叶えてくれるってんならこんなのはどうだ?俺が大切に思う人達の幸せってのは。」


 茶化す様に、重苦しい雰囲気を打破する様に彼は軽口を言う。それも確かに彼の本心なのであろう。ただそれでも彼が思う願いを叶えるというものに対する考え方の違いか。目に見える願いを欲するか、目に見えないものを欲するか。その考え方の違い。


「━━━貴方の願いを受理しました。これより貴方は「主人マスター」として「星霊」バルゴと共にこの戦いに参加する権利を与えます。」

「受理しましたって、おい何を!?マスター、セイレイ、戦いって何だよ!」


 突然無機質に返答をし始める目の前の彼女に困惑する。機械の様に淡々と、瞳には生気はなく彼女に異様なことが起きていることは目に見えてわかる。知らない単語、不穏な言葉。何を言っているのかが彼には理解出来ない。


「勝利条件はただ1つ

━━━12体の「星霊」を集め、その「主人マスター」を殺すこと

それで貴方の願いは叶えられます」

「殺すってどう言うことだよ!!何がどういう…!」


 突然闇に包まれていた世界に罅が入る。その隙間から光が漏れだしその光で視界を奪っていく。罅がどんどん大きくなり闇に包まれていた世界が崩れ落ちていく。目も開けられない程の光で彼女がどうなったのかがわからない。だが声だけは聞こえてくる。


「ようこそ血で血を争う死なる宴へ。これからの貴方の道筋に幸あらんことを」


 その言葉を最後に、少年は光の中へと飲み込まれていく━━━





「はっ!?」

勢いよく起き上がり辺りを見回す。そこにあるのはいつもの屋上の風景。だが、そこにポツンと見知らぬぬいぐるみが置いてある。

恐る恐るそれに近づいていく…


「おっはようなんさッ!!」

「ひぃぃ!?」

突然ぬいぐるみが快活な挨拶を繰り出す。あまりの事で少年は驚き、飛び退いた。


「流石にそんなに驚かれると傷つくんさ」

ぬいぐるみがこちらに語りかけてくる。良く見るとそのぬいぐるみはとても見たことがある格好をしている。そして聞き覚えのある声に独特な語尾。

「お、お前俺の夢の中に出てきたセイレイとか言うやつか!?」

「見ればわかるんさ!

どこからどう見てもバルゴさんなんさ!」


見てくれは確かに夢の中に出てきたあの変な女をそっくりそのままデフォルメキャラクターにしたかのような出で立ちをしている。

だが常識的に考えてそんな馬鹿なことは…と思いつつ、もう常識の範囲外の事が起きてる事を思い出す。

余り信じたくはないが頬をつねっても、ひっぱたいても痛みがあるだけで現実だと言うことを思い知らされる。


「夢じゃなかったのか…」

一人項垂れているが、現実逃避したところで どうにかなるわけでもなし。少年は有るがままを受け入れる事にした。


「で?願いを叶えるとかシェ◯ロンみたいな事言ってた上に、物騒な事も言ってやがったな。

願いを叶えるには他人を殺せとか。」

「言ったんさ。それがこのゲームのルールなんさね。」

「にわかに信じがたい話だが本当か?」

「本当なんさ。

あっまだ信用してない目をしてるんさ。」

「そりゃあ信じろ何て言う方が土台無理な話だろ。

まぁ話が進まないからそれが本当だと仮定して続けるが。」

「仮定じゃなくて真実なんさ!」

はいはいっとじたばたするちんまい謎の生命体をあしらいながら少年は話を続ける。


「じゃあそのゲームリタイアで。それが出来ないならマスターとやらを返上で。」

興味もなさげにそう言う少年に「星霊」バルゴは感情もなくこう言った。


「それは無理なんさ。」


「………は?」

予想外の答えに驚きの声を隠せない少年。


「貴方は私の「マスター」になったんさ。

だから嫌でもこのゲームに参加しなければいけないんさ。

このゲームから離脱する時、それは春真のを意味するんさ。」


その衝撃の一言は、場の空気を凍らせる一言であった。ほんの少しの間、それを破るのはもちろん彼で。

「ふっざけるなっ!!あんな馬鹿馬鹿しいやり取りで勝手に決めんじゃねぇよ!!

俺はそんなゲーム参加しねぇぞ!絶対に!」


そう彼には珍しい怒声を上げ出口へと向かって歩き出す。その後ろ姿には誰が見てもわかる程の怒りが見て取れる。


「この場から逃げると言うことは。春真、後ろから殺されても文句はないんさ。

何せ他のマスターからしたら今の春真は鴨が葱背負ってるのと変わらないんさ。

何も成せず無為に殺される。それだけなんさ。」

「…ッ!?」


確かにそうだ。今の彼女の言葉が本当なら今の少年は余りにも無防備過ぎる。

それがわからない彼ではない。白峰春真と言う人間は、今他の願いに飢えた狂犬からすると格好の餌食でしかない。無意味に殺され、そして願いを叶える手伝いをしてしまう。

それが善き願いであろうが悪しき願いだろうが。ある意味その片棒を担いでしまう。


「じゃあ俺はどうすりゃ良いんだ!」

それは少年の心からの叫び。


「勝つんさ。

自分が殺されるのが嫌ならば、殺されない様に相手を殺せば良いんさ。

単純明快の話なんさ。」

「何で俺なんか…俺なんだよ…!」

「そ、それはぁ…

美味しそうなご飯に飛び付いたと思ったら、この有り様でぇ…」

目を泳がしながら気まずそうに彼女は言う。


「こ、こんのポンコツゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

「ごめんなさいなんさぁ!!」

彼女を見ていると何処に怒りをぶつければ良いのかわからなくなった結果この有り様である。



━━━閑話休題



「良くはないが状況はわかった。俺も落ち着いてきた。現実を受け入れるしかなくなった。もうお家帰ってお布団入りたい…」

「それもう現実逃避してるんさ!

春真ぁ帰ってくるんさぁ!」


はぁとため息を吐きつつ彼女に向かい合う。

こんなことでもしていないと気が滅入りそうだと内心思っている。


「よし。腹は括った。

参加してやるよ、その糞みたいなゲームに。

だから教えろ!ゲームって言ってんだからルールはあるんだろ。ルール無用のデスマッチじゃああるまい。」

「そうさね。それが一番大事なんさ。」


目の前の彼女も真剣な顔をし、業務的に話し出す。

その雰囲気は夢の中で契約した時と似ているものであった。無機物を思い浮かべるかの様な姿の彼女に彼はゴクリと息を飲む。


「1つ━━━

12の星霊を集め、その主人マスターを殺す戦いである。


1つ━━━

この戦いの勝者にはどんな願いでも1つだけ叶えることが出来る。


1つ━━━

主人マスターには1つ、星霊が憑く。


1つ━━━

星霊は戦う手段であり、其々個の姿武器能力ちからがある。


1つ━━━

憑かれた星霊は主人持ち主にしか見えぬモノである。


1つ━━━

主人マスターには戦う為の舞台がある。それは紅い戦場せかいである。


1つ━━━

また、星霊も願うモノなり。」

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死宴 エストレイア @estleia

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